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わたしの中のヒクツさん、どうかそのまま遠くに行っておくれ
わたしには、ヒクツさんが住みついている。
ヒクツさんは、紫のとんがりメガネをかけていて、真っ赤なカツカツヒールでいったりきたり。
いつもきょろきょろしてて、わたしの心の声に聞き耳を立ててる。
ヒクツさんは、とにかくわたしと誰かを比べたがる。
「どうせ」が口癖で、真っ直ぐなことが大嫌い。
誰かが褒められていると、ニタニタした表情で意気揚々と姿を表す。
「あの子はあんなに成長してるけど、あんたは何ができるわけ?」
「あんたはたまたまここにいるだけで、選ばれるのはあの子だよ」
小さな、わたしにだけしか聞こえない声で囁く。
ヒクツさんは、誰かの気遣いにも口を出す。
仕事で助けてもらったときには、「あなたがやるよりあの人がやった方が早く終わるし、精度も高いよね」
「あんたがやることになんの意味があるの?あんたが得意でもないことに手を出すから、みんな迷惑してるんだよ」
あざ笑うかのように捨て台詞を吐いてわたしをもて遊ぶ。
ヒクツさんがいると、誰かの有益なシェアや、活動報告が怖い。
「あんたが寝っ転がってる間に、みんなこうやって勉強してるし仕事してるよ?なんもできないくせになんで怠けてるの?」
ヒクツさんからそう言われると、まるでわたし自身がそう思っているようで、とっても怖くなる。そんなことはないのに。そんなことはないと、信じたいのに。
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ヒクツさんが歩けば歩くほど、わたしはだんだん歩みが遅くなり、肩身が狭くなり、うつむきがちになる。
あんなにも「やってみたい」「がんばってみよう」と生えてきていた柔らかな芽が、ヒクツさんの細くて鋭いかかとでつぶされていく。
ヒクツさんの精力的な活動の成果が出て、わたしは自分をどんどん嫌いになっていく。
「どうせできないし、どうせわたしがやっても人に迷惑をかけるだけだ」
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ヒクツさんのいうことを聞かずに、自分が信じた道を行けばいい。
ヒクツさんなんて、蹴散らしてやればいい。
そんなことはわかっている。
ヒクツさんのせいにするのは簡単だ。
ただ、わたしが毎日迷いながら手探りで進んでいる湿って明かりの少ない道は、ヒクツさんにとって思った以上に住みやすいらしい。
ヒクツさんがいる限り、わたしは前に進めないのだろうか。
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ある日、友だちが連絡をくれた。
「実は、新しくこの仕事を始めたんだよね!」
え、すごい!
そんなに頑張ってるんだ、わたしも負けられないなあ。
素直にそう思った。
…あれ、ヒクツさん?
出番ですよー?
返事がない。
ヒクツさん、どうやら今日は外出してるようだ。
そのときふと、ヒクツさんの姿が見えた気がした。
ヒクツさん、今日はパリまで出かけてるみたいだ。
雨が降るパリの街角で、ウィンドウショッピングにいそしんでいる。
ヒクツさんって、そんな趣味あったんだ?笑
初めてみるヒクツさんの姿に、なんだか面白くなってしまった。
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ヒクツさんがいないと、回りくどくなく物事を考えられて清々しいのと同時に、ヒクツさんのことも客観的に見ている自分がいた。
そしてはっとした。
そこには、ヒクツさんを言い訳に、行動を起こさない自分がいたから。
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わたしは今までいろんな仕事をしてきて、業種も業界も何度も変わったこともあり、どの環境でも自分が1番下。
だからこそ、できないことを言い訳に、ヒクツさんが居心地の良い場所を作ってしまっていた。
好きだったはずの挑戦することに飽き飽きしてきて、新しいことに嫌気がさして、何者にもなれない自分が嫌いになって、ヒクツさんのお世話になることを無意識に選んでいたのだ。
前に進めないのは、ヒクツさんが入る隙を与えている自分のせいだと気づいた。
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ヒクツさんがわたしの中から完全にいなくなることはない。
残念ながら、それは簡単には変えられない。
でも、ヒクツさんがいることで、調子に乗らずに自分を客観視できるし、ヒクツさんに負けずに頑張ろうと原動力も湧いてくる。
せっかく長年住んでくれてるヒクツさんと、もっと仲良くできたらいいな。
でも、もうちょっとだけ、もうほんのちょっとだけ、パリにいてもいいよ、ヒクツさん。
そのまま、ヨーロッパ周遊して、アメリカに足を伸ばしたりして。もう少しゆっくりしたら?
いつもわたしのお世話して、疲れたでしょ?
長時間留守にしても、居場所はあるから安心してよ。
なんにせよわたしはヒクツさんがいないと生きていけないんだからさ。
真っ直ぐじゃない自分に嫌気が差すことばかりだけれど、ヒクツさんに言い負かされて、ケンカして、どうにか仲良くして、たまにこうやって長期休暇を出しながら、折り合いをつけていくのがわたしのやり方なんだと思う。
ヒクツさん、休暇が終わったら、またいつもの口調で戻ってきてよ。
ヒクツさんがいることで、ある意味刺激のある毎日だったことに気づいた、めずらしくヒクツじゃないわたしのつぶやき。
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