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ある朝、子どもが"豊かに生きること"を教えてくれた



ある朝、会社へ続く渋谷川沿いの日差しの中で、わたしはとあるシーンに誘われた。




それはいままで経験したことのあるどこにも当てはまらなかった。



でも、ここではないどこかにタイムスリップしてしまうことは、わたしにとってはよくあることだった。






その場所には、まだ小学校にあがったばかりの女の子がいた。




いつものわたしは、かわいらしい子どもが相手でも人見知りをしてしまうくらい初対面が苦手。



だけれど、その子に対峙したわたしは、真っ直ぐに目を見つめて淀みなく話していた。

その様子を、もう1人のわたしが、ぼーっとしながら見つめていた。




その子は、不思議そうな目で私に質問をした。
がらっと環境を変えた大きな決断について、理由を聞かれていたのだ。



わたしはなんの迷いもなく、「この道を選ぶことで、人生が豊かになると思ったんだよね」とすらすらと答えた。

そんな答え、今までしたことないのに。




きょとんとする子に、わたしはさらに続けた。




「豊かな人生って、なんだと思う?」




その子は、なおきょとんとしている。




「わたしにとって豊かな人生ってね、自分のしがらみを全て取っ払って、この世界に自分を開放したうえで、いろんなものを感じきって丁寧に『後悔しない』決断をしていくこと、なんだよね」

清々しい風が、ふわっと通り過ぎた。





そのタイミングで、はっと渋谷川に戻ってきた。
こことそことを繋ぐ耳の詰まりが、ブツっと切れた。




そして、無意識に自分のなかからするする現れた、「豊かな人生」をゆっくり噛み締めた。

ここではないどこかで、子どもが教えてくれたんだ。




「自分を世界に開放する」のが、大事なことだった。


身体にしつこくまとわりつくもやもやしたものがあるだけで、自分の気持ちやいろんなものを感じる柔らかいところが、奥深くに隠れてしまう。



もやもやを取り除くのは一筋縄ではいかないとわかりつつ、実はその方法も知っていて。



全てを置いて、自然のなかに身を置いたり、海を越えて全く違う文化に触れたり。

そんなことを、無意識にやっていたのは、自分を解放するためだった。





「後悔のない決断」は、別に特別なアクションである必要なない。
「ここに居続ける」と自分が納得して決めたなら、それも後悔のない勇気ある決断だ。




自分の答えに至極納得しながら、もしかして、あれはわたしの子どもだったのかな?なんて思ったり。




楽しみだな、現実世界で自分の子どもと出会うのが。




こんな大人な話ができるようになる頃、わたしの「豊かな人生」はどう変わっているんだろう。と思った昼下がり。

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