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『奈機散仁天ーなぎさにて』 武良竜彦Web限定句集    2010(平成2)年~2023(令和5)年 


武良竜彦Web限定句集『奈機散仁天-なぎさにて』

 Ⅰ 黴の書  2010(平成22)年

初夢や倭国はいまだ霧の中

星流る素数の詩(うた)の哀しみに  

定型は逝きし児のため鯉幟  

黴の書や人間という熱の華 

言葉とは第二の身体花八手

 

Ⅱ 骰子   2011(平成23)年

死後にやることを増やせば青嵐 

目覚めなむ地球が流星となる闇に 

人も句も悲の器にて鉦叩き 

遠火事やいくつ都は滅び来し 

冬灯死者の空席照らしいる

Ⅲ 熾火   2012(平成24)年

落椿冥府の扉隠し持つ 

噴水の向こうが冥府となる日暮

蒲の穂にただ直向きな懐疑あり

どこまでも百二十円市電長崎忌

Ⅳ なぎさにて   2013(平成25)年

未だ服喪期間中です白木蓮

遥かなる卯波金網肝苦りさ

人は先ずなぎさに暮らし梅雨晴間

朝顔が毎朝別れを告げにくる 

ここに死の全き自足実南天

十二月八日翼は死を目指す

 Ⅴ 流離   2014(平成26)年 

ぎしぎしと空軋ませて建国日

応答(いらえ)なきものばかり増え春の月

内部被曝検査通知が嫁菜にも

武器厭う民あり琉球浜防風

死後の永き時間をゆらしライラック

生者用出口死者用入口木下闇

名を刻む墓碑は要らない梅雨の星

人に死を配りしあかし金指紋

余白には言葉は置かず流離の秋

手に取れば林檎に積もる白き闇

Ⅵ 蠅虎   2015(平成27)年

敷島はすでに剥製初日の出

古里を捨てし日も斯く冬の月

父の忌もニッポンの忌も敗戦日

人殺す明日が来そう夕螢

戦争へ蠅虎の眼のつぶら

東アジア開放ホホウ鱗雲

テロに負けぬそれが敗北落葉道

Ⅶ 野晒   2016年(平成28)年

虎落笛九条ヒュルリヒュルリララ

行き先のある憂鬱に春の雲

目覚めしは世の淵イヌ蓼カラス麦

二行改行そして空白 重信忌   

先頭の白百合剪らば空墜ち来る

苔の花墓碑の背中を見つめるな

幽霊が経読みにくるソーダ水 

野晒の死は贅沢や赤のまま

鴨語辞典編めば豊かな冬日射し     

広島へ蕉翁北に発ちし日に

垂直に降らす憎悪の晩夏光

春紫苑「スベテアリエタコトナノカ」

生は赤死は黒原爆絵画集

Ⅷ 羇旅   2017年(平成29)年 

蝌蚪生れて人の知らない最終章

春の雨われを幻覚と思うまで

鞦韆を古里と呼び乗り捨てる

命という水は春の野に覆す

ひばり野へ孵らぬものを温めに  

虹消えて後の余白にわれも消ゆ  

野分跡静かに何か病み始む 

時間(とき)を病む我も幽けき枯芒

標本の展翅やいつかわが枯野

幻が枯野でわれと置き換わる

わが棺に釘打つ響き迎え梅雨

向日葵の百本を国の墓とする

我が羇旅の死角に一輪冬薔薇

Ⅸ 昼顔   2018(平成30)年 

初茜いま半島は土の船      

冬空へわが不知火は不治の海    悼・石牟礼道子

遺言は黙読すべし薄氷

花杏死は水平線の高さにあり   

卯月波鯨の墓場を観にゆかん

受精卵でありし記憶に雲の峰

藍満ちるように人逝き小六月

火を放つ用意はありぬわが枯野

Ⅹ 垂鉛   2019年(平成31・令和元)年 

この世へと枝差し出して梅真白

如月の物書く人は明日に病む    石牟礼道子忌

遠雷や遺書なき友の句を読めば

また鶴を殺めてしまう八月来

秋風を乗りつぐ御霊天の澪

病む天の奥処の銀河が道子領

枯野では沈黙厳禁燃えるから

Ⅺ 魔都   2020年(令和2年)

如月の魔都に人食い鮫の牙

石牟礼道子の御霊に触れ来し初蝶か

道子句を經讀むように冬灯火

すかんぽの総立ちこの世触れ難し

深呼吸して八月は肺の中

八月の器に真水湛えおく

不知火にゴンドワナ大陸横たわる

憂国忌奥歯でことば擂り潰す

Ⅻ 狐火   2021(令和3)年

落葉踏む死者の記憶の温くして

父に問えずアナタハ人ヲ殺メマシタカ

狐火のあれは来世の我が魂か

『色のない虹』開けば石牟礼道子の忌

廃船は永遠に海向き鳥曇

西行の死後のしら雲弥生尽

森に眠る人いる起こすなよ若葉

象洗う夢に鯨も夏来る

糧秣と呼べば兵士の残暑なお  

罠解いて逃がす獸や獺祭忌

十月や巣籠りのまま逝く虫も       

冥府より転送され来し秋便り

霊に重さあるとするなら散紅葉 

冬日和人魚姫いま泡と化す

黄泉よりの着信ありて夜半の霜

Ⅷ 糸瓜稲架 2022年 (令和4)年
 
鏡開ビッグバウンスな輪廻かな

門松や日本帝国また尖る

冬三日月が切り落としゆく去年の夢

黒海の水銀石牟礼道子の忌

生きものの絶える未来を二月空

廃村にもう死者は出ぬ二月かな

非常口に霊わだかまる鳥曇

遠きもの見え難くなり富士残雪

三月来聖書のことばに「地の塩」と

善戦と呼ばれ春雨の白衣の塔

春凍土石原吉郎の死の中に

夜須礼の赤黒大鬼笛太鼓

春の野は嘴を持つもののため
 
卯月なる水底にあり黄泉の国

空海の海と空にぞ夏来たる

津波来よ萬のみたまを載せて来よ

人魚姫横浜の梅雨入を観に来たり

舵の無き雲の行方や横浜梅雨入

幽界を視て仕舞けりサングラス

選りし言葉に心撚られて端居かな

指折りても足りぬ端居の霊の数

蛍籠カフカの城に至り得ず

長崎の鐘が繕う空の罅

新涼の人語を解す巨木あり
  
望月の列島浸食止まずして

酔芙蓉呪いの空の下に咲く

人生の旅装解きたし小望月

列島の岸波くらき後の月

邯鄲のジェノサイド音奏で継ぐ

見殺しにして来て永き糸瓜稲架    西東三鬼賞入選句

傷秋の死者の書御魂色放つ

色草や奥津城に沸く琵琶語り

邑々の一斉蜂起草紅葉

冬の海眠らぬ御魂灯りいる

廃線のかなた根の国帰り花

枯れてゆくものみな深き貌を見せ 

 

 
Ⅸ 繍毬花(てまりばな)  2023(平成5)年
 
身の枷鎖を脱ぎて魂透く冬紅葉
 
枯葉散る遺霊と囁き交わすため
 
晩年は朴落葉にて包みおく
 
あの白は去年の御霊ぞ野水仙
 
鉄の玉飛び閙がしき二月かな
 
草々の駒返る野を装甲車
 
連翹に一心不乱という狂気
    
その青のやがて血となる蓬摘む
 
つばくらめ空の十字に殉死して
     
素裸の幼霊夜桜ざわめかす
 
病む国の体温低し蜆汁
  
翅持たぬ種として今ぞ青き踏む
 
揚雲雀故山に埋めて来し呪言
 
メーデーや「トカトントン」のまだ聞こゆ
 
恩師送りし帰路に薔薇の白深し
 
繍線菊(しもつけ)や聞き書きならばあの世にて
 
耐えがたきを耐へしは誰ぞ 繍毬花(てまりばな)
 
忘れれば都合良き明日若葉風
 
花梔子失くして久し羅針盤
  
梅天の少女のたれかは人魚姫
 
夏至の夜の地軸は少し焦げている
 
たましいに採色すれば花蓮
 
鰓が欲しいこの夏空を征くならば
 
炎昼の銃口の闇兵の病む
 
カチューシャはロシアの兵器夏祭
 
向日葵や今も俘囚の日本あり
 
はだしのゲン足を洗えば初秋なり
 
八月の磨かぬ鏡といふ回文
 
新涼の肉(しし)叢(むら)ひそひそ哲学す
 
虹色の貝を遺骨とせし八月
 
旗ばかり翩る首都九月来る
 
点鬼簿やこの身を艀(はしけ)と思う秋
 
老いるとは紅葉に眩しさ募ること
 
幼霊の遊ぶに不足のなき花野
 
梧桐の実みぬちに何か燻れる
 
みせばやの指差されゐる恋の色
 
秋深し汽笛は銀河鉄道か
 
峠越すたびの寂しさ十一月
 
終点が秋天ならば走り抜く
  
天狼星ナイルも我も氾濫期
 
冬瓦斯燈富国強兵の夜の底
 
身の内に滝あり冬を滔々と
 
ここに咲き何処にも行かず冬薔薇
 
冬港今も俘囚の日本あり
 
白菜や博識百歳往生記
 
署名して名残の空となりにけり

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