見出し画像

向瀬美音・編集・翻訳『パンデミック時代における国際俳句の苦闘と想像力2020・1-2021・1』

(コールサック社2024年2月)

向瀬美音・編集・翻訳
『パンデミック時代における国際俳句の苦闘と想像力2020・1-2021・1』

 
〇 向瀬美音(むこうせみね)氏略歴
 1960年、東京生まれ。上智大学外国部学部卒業。
日本ペンクラブ会員、日本文語家協会会員
2013年頃から作句を始め、大輪靖宏、山西雅子、擢未知子から俳句の指導を受ける。2019年、第一句集「詩の欠片」上梓。2020年、国際歳時記[春]。
現在、「HAIKU Column」主宰。俳句大学機関誌「HAIKUJVo11[世界の俳人55人が集うアンソロジー]Vo15[世界の俳人150人が集うアンソロジー]の編集長兼発行人。 2020年 Vo16「世界の俳人90人が集うアンソ
ロジー」。 2022年、国際歳時記「冬、新年」2022年、第二句集「カシオペ
ア」上梓。
日本伝統俳句協会、俳人協会、国際俳句協会、フランス語圈俳句協会
AFH,上智句会、「舞」会員、「群青」購読会員。

〇 巻末で解説を書いている鈴木比佐雄氏が紹介している向瀬美音氏の俳句
 
 初蝶やシルクロードを飛ぶつもり
 国境を越ゆる戦車や春寒し
 煉獄も浄土も包み蓮の花
 アサギマダラ色なき風に抗ず
 さざなみの奏でる舞曲カシオペア
 俳諧は国境を超え渡り鳥
 
 
〇 序文から抜粋
 
 私は俳句コラムという国際俳句グループの主宰を務めている。
 このグループは7年前に俳句の海外交流を目的として立ち上げたものである。
 当初は、国際俳句の饒舌な三行詩に疑問を持ち二行詩、取り合わせを試みた。
 また七つの規則、1.切れ、2.省略、3.具体的なものに託す、4.今の瞬間を切り取る、5.季語、6.用言はできるだけ少なくする、7.取り合わせ、を示し、だんだん、全体的に短く簡潔になり、説明的な句は無くなってきた。
 グループ結成当初はメンバーは100人にも満たなかったが、今では3200人を超
えている。一日の投稿数も50句から100句に及ぶ。国籍も30は超えるだろう。
 初めは、キーワードとして、水、光、匂い、香りなどでまとめていた。そして2年目から季語を導入した。季節のない国もあるから季語は無理だろうと考えていたが大きな間違えであった。季語の中には、時候、天文、生活、植物、動物の中から世界の俳人と共有できる季語はたくさんある。季語の持つ深い大意を理解してもらうのは時として難しいが、植物、動物、天文、時候のいくつは十分分かち合える。
私は今まで500近くの季語を紹介して、歳時記も作ってきたが、季語というのは世界の俳人を魅了するものだと確信した。
 
〇 読後感
 
 俳句を国際的な文芸として広めようという活動に力を入れている団体が存在する。
 
 その一つが本書の著者の活動である。
 俳句という文学の表現形式を世界に広めるようとするとき、次のことが問題になるはずである。
 何をもって俳句とするか、という問題である。
 言語の違いだけでなく、文化も違う世界に、俳句を俳句たらしめる、共通条件とは何か、ということだろう。
 そのことの明確な定義と方法論もなく、短詩型詩歌すべてを俳句と呼ぶのなら、最早、それを俳句と呼ぶ意味もないことになる。
 三行散文詩の外国語表現まで俳句の仲間と見做している例を散見したことがあり、それには違和感を抱いた。それは詩であり、俳句ではないのでは、と。
 わたしが漠然と考えていたことは、上の序文で「季節のない国もあるから季語は無理だろうと考えていた」という想いと同じだった。
 次に五七五の韻律。
 さらに俳句を省略と凝縮性のある「うた」にしている、切れ、取り合わせ。
 その問題を、著者は実践の試行錯誤を経て、明快なひとつの「定義」的、法則として樹立している。
 そのことに敬意を表する。
 
1.切れ
2.省略
3.具体的なものに託す
4.今の瞬間を切り取る
5.季語
6.用言はできるだけ少なくする
7.取り合わせ

 
 俳句が国際俳句として世界的に共有され得る条件として、必要最小限の条件、定義になっていると思う。
 その実作例を以下に揚げる。
 切れが記号のhyphen ― で表現されている。
 この具体的なアイディアは実に「国際俳句」としての表現に適っている。
 
      ※
 
新しきアウシュビッツや花に煙          

      ※

 本書ではこのように、向瀬氏による、違和感のない「俳句」として和訳が置かれ、その後に作者の原文が記されている。そして、選者役を引き受けた人の選評が、その句に添えられている。以下はその向瀬氏による和訳である。 
     ※  

 この俳句を読みながら、私の頭の中にイメージが浮かんできました。火災、コロナウイルス、今この世界を窒息させているすべてのものを思い浮かべました。私にとってこの句は、非常に話題性があり、心をとらえ、暴力的なイメージです。スモッグとは、大気汚染物質の混合物による茶色く濃いもやのことで、大気中の視界を制限します。このスモッグは、地球規模の緊急事態に直面した指導者たちの盲目を想起させ、事実上、生物の絶滅を認めるものであり、それゆえアウシュビッツに言及したのです。この俳句に感謝します。

      ※ 

 このように、向瀬氏による和訳俳句と原文、同人たちの短評という構成で編集されており、なまじっかな国内俳句誌、俳句集より、国際的で普遍的な詩心のありようも知れて、とても興味深い書である。       

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?