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土見敬志郎句集『岬の木』
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冠省
拝受致しました玉句集『岬の木』、読了致しました。
土見様の東日本大震災の震災体験と、ご実家がある寒風沢島(さぶさわじま)の壊滅的な被害の体験が、永く心の中に残り続け、この度、最後と決めていた前句集を更新すべく、本句集を編まれたお気持ちが「あとがき」にあり、胸打たれつつ拝読いたしました。
秀句揃いの句集の中、特に印象に残った句のみを、以下に揚げさせていただきます。
Ⅰ 雪の精
白鳥の沼に陽の櫂風の櫂
村中の柱の中の解氷音
嬰児の呼吸青野の漣す
銀河の尾摑みそこねて放浪す
晩夏の家水藻のやうに夫婦あり
水澄むは水のもつとも昏きとき
少年が犀になるまで木枯す
※
銀河の尾摑みそこねて放浪す
人生の悔恨の句かとも解せますが、摑み損ねたのが「銀河の尾」という上五の措辞の、その夢の壮大さによって、叶わなくても充実した人生だったことを暗示して胸に沁みます。
Ⅱ 陽炎
永遠に暮れ残るもの八月は
山繭になるまで眠る雨の家
長崎忌真昼がどつと倒れ来る
※
長崎忌真昼がどつと倒れ来る
わたしには長崎の原爆の犠牲になった親戚がいますので、この句の荘厳な比喩には胸打たれます。
Ⅲ 緑夜
極星をわが燠とせり鬼房忌
影もなく空落ちてくる広島忌
八月の影持たぬ木の集まり来
吊革に手のまぼろしや原爆忌
※
影もなく空落ちてくる広島忌
忌日の句ばかり揚げてしまいましたが、落ちてくるのが、長崎忌が真昼で、廣島が影のない空という暗喩も秀逸ですね。
Ⅳ 春の蠅
故郷の春夕焼は弔旗なり
指先に喪の声となる春の風
網膜に万の羽音や沖縄忌
ぼくの居ない小学校が万緑へ
水際に人光りゐる雪の果
地震あとの紅梅に闇匂ひ出す
裳心を静かに花の闇にゐる
萍に乗つて日暮の村はあり
一草にも潮騒のあり沖縄忌
生きんとす冬木一本あれば尚
日盛りや仮設百戸に音もなし
※
ぼくの居ない小学校が万緑へ
「大川小学校」の前書きのある句ですが、幼霊の声を直に聴いたような気持ちになりました。この鎮魂句、震えます。
Ⅴ 黄落
竹皮を脱ぐを金剛力といふ
ことごとく戦火の匂ふ曝書かな
寒風沢の仮設十二戸初茜
指先の光が生みし雪蛍
黒揚羽泥の匂ひを記憶する
遺言のごとく陽のあり冬菜畑
晩年や祭の底に揺れてゐる
枯蟷螂被曝の村を抱くかに
※
寒風沢の仮設十二戸初茜
前に「日盛りや仮設百戸に音もなし」と詠まれていて、その数の減少という推移に纏わる、さまざまな人生模様が拝察されて胸に沁みます。
指先の光が生みし雪蛍
この句も前に「指先に喪の声となる春の風」と詠まれていて、その喪がまだ続いているという心の疵の深さに胸打たれます。
黒揚羽泥の匂ひを記憶する
土見さんのご体験のことではないですが、被災死され泥に埋もれていた連れ合いの顔を、涙水で洗い浄めたという、東日本大震災で被災された別の方の逸話を、この句を切っ掛けに思い出し、被災体験者のそれぞれの、多様な悼みの深さに胸打たれました。
Ⅵ 蘆芽
冬木立即身仏のごとくあり
緑雨なり死者も生者も眼を開く
夏草を被曝の牛が食みこぼす
原爆忌水の昏みに羽の音
石仏に眠る力や春の雪
一本の力や風のコスモスに
※
原爆忌水の昏みに羽の音
土見さんの広島、長崎を含めた原爆忌の句の表現の深さには敬服します。福島原発事故による被曝が背景にあるからでしょうか。
Ⅶ 大綿
霜柱踏む靴先の銀河光
戦ひの記憶たどれば夾竹桃
綿虫の指に触れんとして触れず
寒明けの水に影脱ぐ被曝の木
母の日の太陽に鞭打たれゐる
白南風やわれ一本の岬の木
吹かれ来るみな魂であり蒲の絮
産道の続きに春の闇はあり
※
白南風やわれ一本の岬の木
梅雨明けの時期に吹く南風は、その後のからりと晴れた夏の空を暗示するものですが、遥かに海を望む岬にただ独り佇む木には孤愁が滲み、哀切ですね。
産道の続きに春の闇はあり
産道を通って今、この世に生れようとしている新しい命に手向けるは「春の闇」であるという、決して癒されぬ想いの深さを噛みしめます。
以上、拙い鑑賞文を書き連ねました。その傷みと悼みの深さ、確と心に刻みました。
土見敬志郎様の益々のご健吟と、ご健康をお祈り申し上げます。
草々
二〇二四年一月七日 武良 竜彦
土見敬志郎様
註
土見敬志郎氏は、わたしが所属する「小熊座俳句会」の大先輩です。
現主宰の高野ムツオ氏は、「駒草」「小熊座」の土見氏の後輩に当ります。先師、佐藤鬼房時代からの同人で、そのご略歴は下記の通り。
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