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土見敬志郎句集『岬の木』

朔出版2023年12月刊

冠省

  拝受致しました玉句集『岬の木』、読了致しました。

 土見様の東日本大震災の震災体験と、ご実家がある寒風沢島(さぶさわじま)の壊滅的な被害の体験が、永く心の中に残り続け、この度、最後と決めていた前句集を更新すべく、本句集を編まれたお気持ちが「あとがき」にあり、胸打たれつつ拝読いたしました。

 秀句揃いの句集の中、特に印象に残った句のみを、以下に揚げさせていただきます。

 

Ⅰ 雪の精

 白鳥の沼に陽の櫂風の櫂

村中の柱の中の解氷音

嬰児の呼吸青野の漣す

銀河の尾摑みそこねて放浪す

晩夏の家水藻のやうに夫婦あり

水澄むは水のもつとも昏きとき

少年が犀になるまで木枯す

    ※

銀河の尾摑みそこねて放浪す

 人生の悔恨の句かとも解せますが、摑み損ねたのが「銀河の尾」という上五の措辞の、その夢の壮大さによって、叶わなくても充実した人生だったことを暗示して胸に沁みます。

 

Ⅱ 陽炎

 永遠に暮れ残るもの八月は

山繭になるまで眠る雨の家

長崎忌真昼がどつと倒れ来る

    ※

  長崎忌真昼がどつと倒れ来る

 わたしには長崎の原爆の犠牲になった親戚がいますので、この句の荘厳な比喩には胸打たれます。

 

Ⅲ 緑夜


極星をわが燠とせり鬼房忌

影もなく空落ちてくる広島忌

八月の影持たぬ木の集まり来

吊革に手のまぼろしや原爆忌

   ※

  影もなく空落ちてくる広島忌

 忌日の句ばかり揚げてしまいましたが、落ちてくるのが、長崎忌が真昼で、廣島が影のない空という暗喩も秀逸ですね。

 

Ⅳ 春の蠅

 故郷の春夕焼は弔旗なり

指先に喪の声となる春の風

網膜に万の羽音や沖縄忌

ぼくの居ない小学校が万緑へ

水際に人光りゐる雪の果

地震あとの紅梅に闇匂ひ出す

裳心を静かに花の闇にゐる

萍に乗つて日暮の村はあり

一草にも潮騒のあり沖縄忌

生きんとす冬木一本あれば尚

日盛りや仮設百戸に音もなし

     ※

ぼくの居ない小学校が万緑へ

「大川小学校」の前書きのある句ですが、幼霊の声を直に聴いたような気持ちになりました。この鎮魂句、震えます。

 

Ⅴ 黄落

 竹皮を脱ぐを金剛力といふ

ことごとく戦火の匂ふ曝書かな

寒風沢の仮設十二戸初茜

指先の光が生みし雪蛍

黒揚羽泥の匂ひを記憶する

遺言のごとく陽のあり冬菜畑

晩年や祭の底に揺れてゐる

枯蟷螂被曝の村を抱くかに

    ※

  寒風沢の仮設十二戸初茜

 前に「日盛りや仮設百戸に音もなし」と詠まれていて、その数の減少という推移に纏わる、さまざまな人生模様が拝察されて胸に沁みます。

  指先の光が生みし雪蛍

 この句も前に「指先に喪の声となる春の風」と詠まれていて、その喪がまだ続いているという心の疵の深さに胸打たれます。

  黒揚羽泥の匂ひを記憶する

 土見さんのご体験のことではないですが、被災死され泥に埋もれていた連れ合いの顔を、涙水で洗い浄めたという、東日本大震災で被災された別の方の逸話を、この句を切っ掛けに思い出し、被災体験者のそれぞれの、多様な悼みの深さに胸打たれました。
  

Ⅵ 蘆芽

 冬木立即身仏のごとくあり

緑雨なり死者も生者も眼を開く

夏草を被曝の牛が食みこぼす

原爆忌水の昏みに羽の音

石仏に眠る力や春の雪

一本の力や風のコスモスに

    ※

  原爆忌水の昏みに羽の音

 土見さんの広島、長崎を含めた原爆忌の句の表現の深さには敬服します。福島原発事故による被曝が背景にあるからでしょうか。

 

Ⅶ 大綿

 

霜柱踏む靴先の銀河光

戦ひの記憶たどれば夾竹桃

綿虫の指に触れんとして触れず

寒明けの水に影脱ぐ被曝の木

母の日の太陽に鞭打たれゐる

白南風やわれ一本の岬の木

吹かれ来るみな魂であり蒲の絮

産道の続きに春の闇はあり

    

  白南風やわれ一本の岬の木

 梅雨明けの時期に吹く南風は、その後のからりと晴れた夏の空を暗示するものですが、遥かに海を望む岬にただ独り佇む木には孤愁が滲み、哀切ですね。

  産道の続きに春の闇はあり

 産道を通って今、この世に生れようとしている新しい命に手向けるは「春の闇」であるという、決して癒されぬ想いの深さを噛みしめます。

 

 以上、拙い鑑賞文を書き連ねました。その傷みと悼みの深さ、確と心に刻みました。

 土見敬志郎様の益々のご健吟と、ご健康をお祈り申し上げます。

                               草々

            二〇二四年一月七日       武良 竜彦

 土見敬志郎様


註 
土見敬志郎氏は、わたしが所属する「小熊座俳句会」の大先輩です。
現主宰の高野ムツオ氏は、「駒草」「小熊座」の土見氏の後輩に当ります。先師、佐藤鬼房時代からの同人で、そのご略歴は下記の通り。

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