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本杉純生句集『有心(うしん)』

  

(コールサック社2024年4月6日刊)

 著者は昭和18年神奈川県生まれ。
 平成11年に「海原」入会。20年「海原」大会。
 平成20年「琉」入会。24年「琉」終刊。
 平成25年「枻」創刊同人。
 平成29年第一回「琉賞」受賞。
 両親が参加していた木内彰志主宰の「海原」に入会し俳句を始めたそうである。
 句集の「跋」に「大人の風貌」と題して橋本榮治氏が寄稿している。

「有心」とは、『精選版 日本国語大辞典』に拠れば、次のように解説されている。
[一] (形動) 広く、生物が心の働き、感情の働きをもっていることを表わす。[二] (形動) (「深い心がある」の意) 深い心の働きのある状態を表わす。⇔無心。① 思慮、分別があること。考え深いこと。
② 優美な心があること。趣味を解すること。
特に韻文学における美的理念の一つ。→有心体。
続けて【有心体】とは① 感動、風情の深い歌のすがた。余情深く妖艷(ようえん)、あるいは優艷な歌のさま。また、現実に基調をもつ整った趣と、思索的、反省的な味のある情緒、情操の深さを求める歌体概念をもいう。中世歌論で、藤原定家が、真にすぐれた歌一般のもつ価値として考えていた統一的、中心的理念。定家十体の一つとされる。② 連歌十体の一つ。①を連歌に適用したもの。深い心のこもっている句体。
③ 発句八体の一つ。①を俳諧に適用したもの。
 推測だが、作者はこの中の特に「優美な心があること」「思索的、反省的な味のある情緒、情操の深さを求め」「深い心のこもっている句体」であらんとの意思を、句集名にこめられたのだろうか。

冠省

 このたびは玉句集『有心(うしん)』をご恵送賜りありがとうございました。

『跋』に橋本榮治氏が「大人の風貌」と題して寄稿しているように、深い教養に支えられた格調の高い作風の句集に感じました。

 秀句揃いの句集の中から、特にわたしが好きになった句を以下に揚げて、御礼とさせていただきます。


 水を発ち水を離れず冬かもめ

 青蛙おのれの色の草に跳ぶ

 ひと色の雨ひと色の夏野かな

 滅びたる記紀のたれかれ冬銀河

 日輪へ深き一礼潮かぐら

 田蛙の闇なまぐさき生家かな

 刈伏せの草に息ある草泊り

 曼荼羅のやうに案山子を配しけり

 秋桜揺れ合うて彩にごらざる

 われからや内侍の恋のあはあはと

 しつらひは庭の秋果を絵のやうに

 乳ぐもる空へ投げ入れ鮎の竿

 山祇へ一礼深く穂懸かな

 牛車引き来よ大原は秋の風

 生国はさねさし相模大根干す

 発心の熊野ふるみち螻蛄のこゑ

 機織虫かはたれ星の高々と

 階の一歩に一語露けしや

 鬼の子の鳴いて古京の大寺跡

    (悼 木内彰志先生)の前書のある句

 狐火を詠み狐火になられしよ

 仏からほとけへ歩む村時雨

 飛ぶ源氏湧き出る平家螢かな

 打つ心空となるまで胡麻を打つ

 かりがねや水に艶ある奥秩父

 み首級(しるし)のやうに白菜かかへけり

 風除けの木々の色濃き田植花

 青梅を叩いて父祖の家を出でず

 小春日を煙のやうに歩きけり

 安達太良の秀先を雁の名残かな

 海月ひらひら人の滅びしその後も

 鱧ざくざく車軸の雨の東山

 幽霊飴買ひ損ねたる空也の忌

 手放して知る風船の重さかな

 蟷螂の悟り開いてゐるところ

 羅生門蔓(かずら)のことは言はでおく

 家持の海広々とかひやぐら

 いくたびも同じ波来る開戦日

 

 どの句もその背後に優雅な和旋律の調べを感じる、格調高い句ですね。

 一句一句の下手な鑑賞文を書くと、その調べを乱すような危惧を感じますので、鑑賞文なしの選句紹介とさせていただきました。

 

 本杉様のますますのご健吟と、ご健康をお祈り申し上げます。

                          草々

                              武良竜彦

本杉純生 様

    


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