長距離走トレーニングの目的がわからないあなたへ:(Murasawa, 2021)

トレーニングは目的を持って行うべきである,とよく言われます.そんな文脈の中で,長距離競技パフォーマンスの主要な決定因子は最大酸素摂取量(VO2max)とランニングエコノミー(RE)と乳酸性作業閾値(LT)である!などと言われれば,VO2max,RE,LTのの向上を「目的」としたトレーニングをしたくなりますよね?(私はなります)

しかし,一般のランナーでVO2max,RE,LTを測定したことがある人はどのぐらいいるでしょう?それぞれの改善を目的とするのはいいけれど,本当に目的が果たせているかはトレーニング前後で測定してみなければわからないはずで,検証できない「目的」を持ったトレーニングって何だか気持ち悪くないですか?(私は気持ち悪い)

実際のところ長距離競技のトレーニングは,適切な動作で,適切な負荷をかけ,かつ意欲的に取り組めさえすれば,十分に有効なトレーニング効果が期待できると思います.そして「VO2max」を向上させる事を目的にすることで「適切な負荷」がかけられ,「RE」を改善させる事を目的にすることで「適切な動作」を目指し,「VO2max」や「RE」が改善したと信じることで意欲的に取り組めるのならば,その目的設定はその人にとって十分に機能しているわけです.なので,このような目的設定をしたトレーニングが十分に機能している人に対して「VO2maxは頑張ってトレーニングしてもあまり変化しないよー」とか「REとフォームは因果関係ないでー」とか余計なことを言って水を差すことは本意ではありません.いつもすみません.

私は心肺機能に負荷をかけることも,適切なランニング動作を目指すことも長距離競技のパフォーマンス向上にとって非常に大事な事だと思っていますが,「VO2max」や「RE」や「LT」という概念をトレーニングに持ち込む必要性は必ずしもないと考えています.これらはヒトの運動能力を体系的に理解するための指標として考え出されたものであって,トレーニングに役立つとは限らないからです.

また,これらの指標にこだわりすぎればトレーニングの幅を狭めてしまう懸念があるとも思います.例えば,これらの指標を改善させれば競技記録が改善すると考えたら,各指標を最も効果的に改善させるメニューを行うことが正解になるはずです.色々と調べたら「VO2maxを高めるには1600m×4」,「REを高めるには200×10」,「LTを高めるには12000m」,みたいな答え(適当です)にたどり着いたとします.となるとひたすらこのメニューを繰り返すのが最適なトレーニングということになりますが,効果はどうでしょう?直感的には,悪くはないが,ベストではないって感じがしませんか?しますよね?あるいは,VO2maxやREを計測する機会がある人では,自分のVO2maxが平均よりも低い場合に1600m×4ばかりやったり,REが劣っている場合に200×10ばかりやったり,なんてこともあるかもしれません.前にも述べましたが,十分なトレーニングをしているランナーであれば,平均よりもVO2maxが低いからといって,それが伸び代である保証はありませんし弱点かどうかも定かではありません.REやLTも然りです.理由は過去の記事をお読みください.

ヒトの走る能力の中は,「VO2max」や「RE」や「LT」で,ある程度説明できるのは事実ですが,全部ではありませんので振り回されてはいけません.もっとヒトの走る能力を端的かつ適切に表す方法はないだろうかと三日三晩考えて(嘘),Murasawaは以下のような図を発明しました!

画像1

これはMurasawaの400m~ハーフマラソンまでの自己ベストを秒と走速度(=距離/時間)に変換してグラフにしたものです.縦軸の時間を対数(一目盛ごとに10倍していく)でとると,なななんと綺麗な直線になることがわかりました.日本記録もプロットしてみたら概ね直線が得られました(400mはかなりずれてますが).

画像2

この直線は,ある走速度を維持できる時間を表しています.Murasawaの直線と日本記録の直線を比べてみるとわかるとおり,速く走れる人は全体的にこの直線が右上にシフトします.つまり,この直線を右上にシフトさせることがトレーニングの長期的な目的になります.

で,結局何をすれば良いの?と思う方もいるかもしれません.その前にまず,この枠組みで「今まで何をしていたのか?」を説明します.先ほど極端な例としてあげた「VO2maxを高めるために1600m×4」,「REを高めるために200×10」,「LTを高めるために12000m」は,この走力グラフにおける何を鍛えていたのかを説明するのが以下の図です.

画像3

Murasawaの場合,大体1600×4のペースが5.6m/s,200×10ペースが6.6m/s,12000mペースが5m/sとしています.つまり,この枠組みで考えると,これまでのトレーニングの効果は「およそ3つの速度に対する維持時間を高める事」であったと言えます.これまでの考え方でも,概ね直線を右上に押し上げるようなトレーニングができているように見えます.でも,トレーニングの特異性の原理を考えると,全体を右上に押し上げるには6m/sあたりのペースあたりのペースとかが凹んでしまいそうですね?(下図)

画像4

ヒトのランニングパフォーマンスは,恐らくこのように連続的なものなので,X~XXはVO2max,XXX~XXXXは RE,XXXXX ~XXXXXXは LTといったように,明確な境界線があるわけではありません.なので,VO2max,RE,LTと分けなくても,今日は5m/sの維持時間向上を目的としたトレーニング,来週は7m/sの維持時間向上を目的としたトレーニング,次は6m/sの維持時間向上を目的としたトレーニング・・・以下略,といった具合に下図のようにバランスよく様々な速度に対する維持時間を強化する事を目的とされてはいかがでしょうか?

画像5

というわけで,(誰かさんのせいで)トレーニングの目的がわからなくなってしまった!とお怒りの方は,「XXm/s(または〇〇mのレースペース)の維持時間を伸ばすこと」を目的にトレーニングに励んでみてはいかがでしょうか?というのが村澤からのSuggestionでした!

おまけ

ここまで述べたのはいわゆる「鍛錬期」の考え方です.「調整期」には,目的となる走速度が明確になるので,少しこの直線が上に歪むようにするのが良い調整です.

画像6

どうやるかはシンプルに考えられますね.ここまでのトレーニングが遅い速度域に偏っていたら速い速度域のトレーニングを増やすだけです(その逆も然り).

最後に言い忘れていましたが,これは有料コンテンツなので読んだ人は300円以上の金額をなんか良いことしてそうな慈善団体に寄付をお願いします!

では!