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長谷川哲也先生の漫画「ナポレオン」レビュー「本作の見所」。

リドリー・スコット監督の映画「ナポレオン」が公開され,
俄かに長谷川哲也先生の漫画「ナポレオン」が注目されている。

長谷川先生御自ら映画「ナポレオン」に言及されておられている。
第1巻から欠かさず「ナポレオン」を購入している身の上としては,
この機に乗じて宣伝しない手はない。
長谷川ナポ初心者の方に「本作の見所」を解説したいと思う。

マジレスすれば「全てが見所」で「全巻読め」が唯一の最適解なのだが,
布教のやり方としては下の下。
仕方がねえから少しだけ妥協してやるよ。
ここでは「特に注目すべき点」を解説したい。

画像として挙げたのは
「ナポレオン 獅子の時代」第1巻と「ナポレオン 覇道進撃」第6巻となる。
「獅子の時代」と「覇道進撃」は第1部,第2部と言った構成でもないし,
「獅子の時代」と「覇道進撃」との間に
ワンピースみたく「あれからxx年…」と言った時間的跳躍は無い。
歴史的事柄で言えば「第一執政となるまで」が「獅子の時代」,
「第一執政となってから」が「覇道進撃」だ。

それよりも「獅子の時代」第1巻と「覇道進撃」第6巻の
表紙の絵柄が酷似してる事に注目して欲しいのだ。

そうだ我々は,この物語は10年2ヶ月かけて「戻ってきた」のだ。
あの懐かしきアウステルリッツに三帝会戦に。

長谷川哲也先生は「ナポレオン」という物語の「語り始め」に
「アウステルリッツ」を選択され,
その後ナポレオンの出生に戻って後は時系列に描かれている。
このやり方が成功する漫画家は非常に少ない。
何故なら漫画家の長期連載は人気不振で打ち切りになったり
物書きとしての才能が失せたり
体調不良で長期休載したままま連載が途絶したりと
「躓く」事が多く本作で言えば
「ナポレオンの半生を時系列に描いて再びアウステルリッツに到達する」
構想が頓挫する事は非常にしばしばあって
「俺たちの戦いはこれからだ!」
で「未完」となってしまう事が多いからだ。
だが長谷川先生はやり遂げた。
ナポレオンは…長谷川先生は…我々は
10年2ヵ月かけてアウステルリッツに「戻ってきた」のだ。

その間,ただの1度も原稿を落とさなかった長谷川先生の
自己管理能力に舌を巻き脱帽せざるを得ない。
10年2ヶ月もの間には気分が優れない日もあっただろう
体調が思わしくない日もあっただろう。
しかし一言の不平不満も漏らさず黙々と描き続けるその姿は
昼夜兼行で歩き続ける大陸軍(グランダルメ)そのものだ。

故に,この物語は長谷川先生でなければ描けず先生の手腕がなければ
「戻ってくる」ことは出来なかったであろう。

さらに驚くべきことは「同じ戦い」を
全く異なる視点から描いてみせる先生の語り口の素晴らしさだ。

あるときはロシア皇帝の視点から
またあるときはフランス元帥たちの視点から
またあるときはナポレオンの命をつけ狙うクロイセの視点から
またあるときは名もなきロシア兵の視点から
そしてもちろん大陸軍の視点から

この戦いを描いている。

驚くべきはそれだけではない。
それら無数の視点の先には常にナポレオンがいて

「男として生まれたなら誰もが皆ナポレオンになりたいんだ!」

というこの物語の「本質」を浮き彫りにしているのだ。

長谷川先生,あんたは男の中の男だ。
あんたを心から尊敬する。
あんたを信じて,ずっとついてきた甲斐があったよ。
俺はあんたになりたいよ。

このひとあたまがおかしい
でも
ついてゆこう
(フランス大陸軍一兵卒によるナポレオンへの評価)

「人が人に付いて行く理由」を長谷川先生はいとも簡潔に表現されている。

19世紀初頭
フランスは男性原理の時代だった
命を惜しむ男は馬鹿にされる
それは死よりも辛かった

「男」は男子として生まれるだけでは不足で
「男の中の男」になる必要があった
「男の中の男」から「お前は男だ」と声を掛けられるのが
男子の本懐(元から抱いてる志)なのだ。

さっきから「男」の話しかしてないのは
長谷川先生が「男の世界」を描く事にしか関心がないからだ。

一方本作に於ける「女」は
マリー・アントワネット
レティッツィア(ナポレオンの母親)
ジョゼフィーヌ(ナポレオンの嫁)
ポリーヌ・カロリーヌ(ナポレオンの妹達)
…と「絶対描かなければならない女」しか登場しない上,
「女なんてひっぱたいて言う事を聞かすもんだ」「この雌犬(メスイヌ)」
「女なんてどうしょうもない生き物だ」「命懸けで守るもんじゃねえ」
とか
戦場での働きが悪いと
「テメエは女か」
等々の発言が頻出する。
男が命懸けでやるべきは「仕事」なのだ。

まあね。

本作品の女性読者が皆無なのもむべなるかなである。
だから「男女から等しく愛されることはない」のが
本作品の長所であり短所なのです。

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