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原作・梶原一騎 漫画・川崎のぼる「男の条件」レビュー「たとえどれほど忙しかろうと漫画家はキチッと取材して描け!」

人気漫画家・青山晴夫の元を旗一太郎と名乗る旋盤工見習いの青年が訪れ,青山氏の旋盤工を主人公とする「男の花道」という作品について一言申し上げたい事があると言う。アシスタントの月影光が対応すると「旋盤の描き方がなってない」と言う。旗の主張はこうだ。旗の友人の旋盤工見習いが「男の花道」の主人公の旋盤工のファンなのだが旋盤の描写のいい加減さに
「な,なんかすーっと作品の世界の現実感がうすれたような気がする…うらぎられたような…」
と酷く落胆していたのを義憤に駆られて青山氏の元を訪れ
「何故工場に取材に来て旋盤の実際を写真撮影するなりスケッチするなりしてくれなかったのか」
と問い質しに来たと言うのである。
件(くだん)の旋盤を作画したのはアシスタントの月影だった。
「先生はお忙しいんだ。君はたったひとりの旋盤工を納得させる為だけに取材しろと言うのか」
「先生の100万読者は,そんな些細な事気にするもんか!」
「皆上辺だけの華やかさを追ってるのさ」
「見た目だけ,それっぽければそれでいいのさ!」
旗は言い返す。
「違う!人間は見た目よりも中身が大切である様に見かけだけ良けりゃそれでいいって考えは間違ってる!」

先刻から旗と月影は
「漫画家は忙しければ取材しないで漫画を描いていい」
「漫画家はどんなに忙しかろうとキチッと取材して漫画を描け!」
と言い争っているのだ。
そして当の青山先生はふたりの言い争いを
黙って聴いていて旗に一言も言い訳しないのだ。
これが梶原一騎の描く「男」なのだ。
この「漫画家はキチッと取材して漫画を描け」って
姿勢は本作を通して描かれ
旗の後の漫画の師匠であり人生の師匠ともなる男谷草介は
「漫画家は一にも取材,二にも取材,三にも取材!」
「これなくしては所詮でっちあげ話に過ぎん!」
っと発言し「でっちあげ話」に騙されない読者は必ず現れ,
現実感のない話に裏切られたと感じて去って行くと主張する。

後に旗が描いた漫画「非情の街」はドヤ街育ちの主人公が他人を押しのけ生存競争の敵を容赦なく蹴落とす冷たさを身に付けて実業界で大成功するビルディングロマン作品だが実際にドヤ街に生きる人々の交流を目の当たりにして旗は衝撃を受ける。

旗は…月影に「漫画はキチンと取材して描け!」と偉そうに説教しておきながらドヤ街の描写が薄っぺらで安っぽい知ったかぶりの産物だと気付いて,原稿を編集部から奪回してビリビリに破いて捨てる描写がある。

大場つぐみ氏はこの場面に猛烈に感動して「バクマン」の中でサイコーとシュージンが自分達の原稿を破り捨てる場面に引用してる。

荒木飛呂彦先生は「男の条件」を読んで漫画家を志し,
「ジョジョの奇妙な冒険」の登場人物・漫画家の岸辺露伴に次の様に語らせている。
「漫画は漫画家が頭の中で話を考えてると思われがちだがそれは違う!」
「漫画で一番大切なのはリアリティだ」
「そしてそのリアリティは取材によって生まれるのだ」と。

大場つぐみ氏はその「岸辺露伴の若い頃」をモデルに天才漫画家新妻エイジを産んで「バクマン」に登場させている。

これは僕の想像だけど大場つぐみ氏は先ず荒木飛呂彦先生の岸辺露伴のファンとなって荒木先生のファンになって梶原一騎先生の「男の条件」のファンになったのではないだろうか。

本作品が2013年に復刻したのも当時の「バクマン」人気あったればこそで
大場つぐみ氏に対しては感謝する他は無い。

本作の話に戻ると本作は「話に詰まるとヤクザを出す」って梶原一騎氏の常套手段が登場しヤクザの跡取り息子に男谷原案・旗制作の紙芝居を見せる場面で腰砕けになったと告白する。
単行本にして全2巻。
梶原氏の後書きの無念さを見ると
「ジャンプのアンケート不振による打ち切り漫画」
なのだと思う。
だが「漫画家はキチッと取材して描け!」という姿勢は荒木飛呂彦先生・岸辺露伴先生・大場つぐみ氏・新妻エイジ先生に脈々と受け継がれてると信じるものである。

最後に男谷が旗に託した「男の条件」「漫画家の条件」を紹介したい。
1.断じて小手先の作品を描くなかれ。己の血の全てをインクにせよ。
2.かりそめにも花の人気を追うなかれ。土を起こして根を肥やすべし。
3.幾許かの地位を得ても未練を持つなかれ。嵐と平和あれば嵐をえらぶべし。
4.如何なる時も負けて泣くなかれ。負けて研究し勝利を生む母とすべし。
5.以上を守り抜いても自分のみが正しいと思い上がるなかれ。自分以外全て師とせよ!

この「男の五大条件」「漫画家の五大条件」も「バクマン」に引用されてます。
梶原氏の言葉は日々の暮らしに流されて忘れがちになる「初心」を思い出させてくれます。

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