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はるき悦巳先生の「じゃりン子チエ」文庫版第1巻レビュー「人情の実態」。

「じゃりン子チエ」は高畑勲監督の劇場版アニメとTVアニメ版を観ただけで
原作漫画を読むのはコレが初めて。
「原作原理主義者」を標榜する僕が原作の履修が斯くも遅れたのは掲載紙が
「WEEKLY漫画アクション誌」だったから。
本作品の第1話が掲載された1979年は僕は13歳の子供で,
子供が読む漫画雑誌は
「少年サンデー」「少年マガジン」「少年チャンピオン」…。
…と「読むべき漫画雑誌」が沢山あって
「大人が読む漫画雑誌」まで手が回らなかった。
小遣いには厳しい上限があるのだ。

しかしソレは「大人が読む漫画雑誌」を
子供が読まない「付随的な理由」であって
「子供は潔癖であり薄汚れた大人を嫌悪してる」
が真の理由。
どういう事かと言うと「大人が読む漫画雑誌」には
「パチンコで生計を立てる大人」「麻雀で生計を立てる大人」
「タバコをスパスパ吸う大人」「酒を飲まないと本音の言えない大人」
が大量生産されていて子供の嫌う
「賭博・酒・煙草・女・ヤクザ・大人の弱さ」
が蔓延してたから僕は「アクション誌」に対し…。
…と言うよりも「大人の読む漫画雑誌」に対して
言い様のない嫌悪感を抱いていたのである。

理髪店に何故かズラッと並んでた「ゴルゴ13」は読みましたが,
「人を狙撃して殺した後は気持ちが荒んで無性に女を抱きたくなる」
ゴルゴの気持ちが子供の僕に理解出来る訳がない。

しかし「じゃりン子チエ」の事を本当に知るには原作の履修が不可欠と思い
今回初めて原作第1巻(文庫版)をじっくり読んだ次第である。

本巻の奥付を読むと
第1話から第4話までが月イチ連載。
第5話から第12話までが短期集中連載。
第13話から正式な連載開始となる。
第13話の扉で竹本チエが読者に向かって
「お久しぶり,お元気(?)」
と尋ねているのは
第12話で「一度この話は閉じている」からなのだ。

本作は母ヨシ江不在の状況で
賭博と喧嘩に明け暮れる父テツを持った
祖母菊から暖簾分けされ祖父から材料が仕入れられる
ホルモン焼き屋を切り盛りする小学5年生の娘チエの話である。

労働基準法?
あのね。
チエはいっそ生活保護を求めようかと迄思い詰めてるのだ。
テツの恩師・花井拳骨はこう言っている。

「別に店やってもええやないか」
「子供やからいうてゴロゴロしててもしゃあないで」
「店やるのも勉強や」

拳骨はチエの担任教師の渉の父であり,息子をこう叱る。

「バカタレおまえみたいな教科書どおりの教育で」
「この異常な(竹本)一家を救えるのか!」

拳骨はテツとヨシ江を結婚させた責任者(仲人)なので
竹本家の行く末に責任を感じヨシ江が家に戻れるよう腐心してるのだ。

拳骨の思想ははるき先生の思想であって

「大人が一生懸命働いてるのに子供がゴロゴロしてて良い訳ないだろ?」
「ゴロゴロしとらんと家業を手伝わんかい」
「子供は働く事で学ぶ事がある」
「労働基準法とか杓子定規なコト言っても問題は解決しない」

と主張されてるのだ。
菊もテツが子供の頃から家業を手伝わしてる。

ちょっと脱線するけどいいか?

ウィキペディアを見ると
ヨシ江は「テツの元妻」って書いてあるけど
デタラメ書くのも大概にせい。
ヨシ江はテツに「出て行け」って言われて出て行っただけで離婚してない。
テツがヨシ江が家に帰って来るときに
カルメラ屋兄の「再婚おめでとう」ってノボリに激昂して
「ぼけっこらどういう意味じゃ」ってカルメラ屋兄をド突いてる。
別の箇所ではテツは「再婚やないわい」って明言してる。

「再婚じゃない」って事は「離婚してない」って事で
第1話に於けるテツとヨシ江の関係は「別居」なんだ。

でも亭主から「出て行け」って言われて
娘置いたまま本当に出て行って
そのまま帰らないのは
女房にも相当な覚悟があった訳で
亭主が
『オマエに「出て行け」って言ったワシも悪かった』
って非を認めて頭を下げないと女房としても収まりが付かない訳ですよ。

つまり第1話から第16話までは別居状態にある夫婦の
周囲の人間を巻き込んだ話し合いの模様が延々描かれてるのだ。

テツはタダのロクデナシに見えるだろうけど
第15話「テッちゃんの同窓会」を読むと「そうでない」事が良く分かる。
拳骨の家で毎年開催される小学校の同窓会。
同窓会に来るのは皆「功成り名遂げた」連中ばかりで延々自慢話が続き
権威をかさに着る…つまり威張ってる奴が大嫌いな拳骨には
我慢ならない…が世間の義理で我慢してる。
法の番人・警察官となったミツルも

「あいつ恥ずかしもなしにいつもよう来よるな」

と陰口を叩かれる有様。
「功成り名遂げた」連中にとって
「恥ずかしない」とは「立身出世を続けている」事なのだ。
その同窓会にテツが初めて拳骨から呼ばれ「功成り名遂げた」連中から
イヤミの集中砲火を浴びる。

「お…おまえら…ワシ…センセに気ィ使っておさえとるんや…」

ミツルの「テッちゃん怒れ…!」の心の叫びは,
そのまま拳骨の心の叫びなのだ。

大暴れして嫌な嫌な嫌な同窓会をぶち壊しにするテツ!
腕を組んでラインダンスを踊り始める拳骨・ミツル・テツの3人!

ね?テツは平気で横紙を破れる稀有な人間でしょう?
拳骨やミノルにとって「得難い人間」でしょう?
気遣いの出来る人間でしょう?

テツ,ヨシ江,チエの3人で旅行に行っても別居中のふたりは会話出来ない。
チエは突然「岸壁の母」「津軽海峡冬景色」を歌い出す。
疲れ果てて眠るチエに膝枕するヨシ江。

ヨシ江「あんたなんでや思います…」
テツ「な…なんで…」
ヨシ江「なんでって…ワタシ等,今こうやって喋ってますやん」
ヨシ江「チエがあんなことせんかったらワタシ等喋ってますやろか…」

小学5年生の娘に「気を遣わせてしまった」事を
そんな娘を自慢に思いつつも
親としての不甲斐なさに落涙するヨシ江。

「ワタシこの子はエライ子や思いますねん」
「ワタシ離れて暮らしてるから…それがよう分かりますねん…」

さり気なく「いつも娘と一緒に暮らしてる」亭主への
「複雑な感情」を挟みつつ涙する女房の姿に貰い泣きする…。
コレが…「互いに互いを気遣い合う」描写こそが「人情の実態」なんだ。

「大人が読む漫画雑誌」って偏見に囚われて
つい今まで敬遠してきた「じゃりン子チエ」の原作漫画。
これ以上年食って感受性が磨滅する前に読めて良かったよ。

この原作漫画の文庫版第1巻には
劇場版の結末(小鉄とアントニオJrの決闘と和解まで)が含まれてるので
劇場版観て原作を履修されたいなら
取り合えず本巻を買って読んでみる事をオススメします。


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