主にピンドラあついって話。
プロメアというアニメ映画を見た。アニメクリエーターというのは見ているところが違うのだな。この映画はロボット、変身、消防、アクションと男の子が大好きな設定が盛りだくさん。しかし、ストーリーは正義と悪は表裏一体で立場によって違う。だからこそ、思ったならやりきってしまえ!という一つのテーマから答えまで用意されている。きっとヒーローごっこをするだろう子供と親が見るのだろう。どちらでも楽しめるようにチューニングされているし、僕みたいなアニメ好きにも「陰陽手を取り合ってグレンラガンだ!」「カミナだ!」「前口上きたきたー!!」と楽しめるのだ。何よりBGMが熱く、Superflyの「覚醒」が流れるとより熱くなる。本当に頭を空っぽして熱い!熱いぞ!と楽しめる映画だった。ここで感じるのは、アニメという哲学、社会学だ。僕はあらゆるコンテンツを考察している「山田玲司のヤングサンデー」というネット番組を4,5年前からみていて(ここ1,2年はあまり見てなかった)この前「輪るピングドラム」というアニメの劇場版をやるということで久々にyoutubeにヤンサン、ピンドラ考察回が現れ、あの熱さをもう一度と最初から見直した。タイムリーで見てた時よりぐっとくるものがあった。このヤングサンデーというネット番組の名物コーナーに漫画家、山田玲司が初めて見るアニメをOPから1話ごと考察していく「君は○○というアニメを知っているかね」というものがある。エヴァやガンダム、革命少女ウテナ、まどマギなど様々なもをやっていて、初見考察するのだ。そこで色々とクリエーター目線で解説してくれるのだが、どうも深すぎる。どうも練られ過ぎている。いったい監督はどれだけ考えているのだと。ちなみに僕が好きな解説はピンドラとまどマギだ。とにかく言い当てる。スノッブを作者の意図を汲み取って先を予測するのがすごく面白い。なにより自分では絶対得られない視点が得られるのがよい。楽しいコンテンツだ。
特にピンドラは世代ごとの戦いと残された負の遺産を次の世代がどう向き合うのかというテーマを宮沢賢治の銀河鉄道の夜、地下鉄サリン事件、村上春樹の短編かえるくん東京を救う、近代西洋思想と東洋思想、記号論、ピクトグラム、演劇的演出、ユングの集合意識、それが女の子向けのギャグ日常アニメでおおわれている。このアニメとこの解説を見るだけで、心にヒーリングを受けるような感覚だ。そして何よりピンドラの監督はセーラームーンで少女たちに王子様という幻想の種を植え付けてしまったことを悔やんで革命少女ウテナでは王子様なんてどこにもいない、自立と依存の戦い。救われるのを待っている少女が自身が王子になるんだ、現実も夢も男性性も女性性も大切だという話を描く。この自分の作るコンテンツの影響とそれに伴う責任を作品で成し遂げようとすることに僕は感動した。ではピンドラは、世間が戦争やバブル、テロや災害、社会が生み出す空気感で「なにものにもなれずに亡くなった人々」がいたことに向き合わないままここまで来た、そこに少しでも向き合おうと作り出された。こんなご時世、きっとなにものにもなれないお前たちと一緒に生存戦略を始めるお話なのだ。これだけでも熱い。しかもアニメとして企画が通るように少女向け、兄と妹、病み落ちイケメン、ペンギン、クマ、変身と様々なエッセンスを盛り込み生み出された。あつい。あのペンギンたちは3人のインナーチャイルドだ。あつい。加害者の子供たちはどうしてる?見つけてもらえない透明な子供たち。それでもこの話ではたくさんの犠牲の上に加害者の娘と被害者の妹が友達になる。上の世代のことなんだ、子供達には関係ないんだよって。あつい。そして林檎は最後に僕ら視聴者に手渡される。あつい。あつくないわけがない。ウテナで自分自身に革命を起こせと言った監督が革命に敗れた大人たちの生み出す呪いを背負わされていく子供たちへ、何が言えるのか、どう伝えたらいいのか、イクニがチャウダーになってまで作った作品だ。あつい。賢治は死は終わりではないって言ってるわけでしょ?リンゴは命と愛。命は犠牲になったものも含む。そのリンゴをみんなで分け合いましょ。良いも悪いも罪も罰も全部。ね、とっても、しびれるでしょ?
それぞれの生存戦略で生きている。物事すべて僕らに分け与えられている。受け取るかどうかはあなたの自由だ。あーアニメはいいよねー。たのしいよね。