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映画鑑賞の備忘録「ツィゴイネルワイゼン」

ツィゴイネルワイゼン(1980年)★★★★

鈴木清順監督
原作は内田百閒「サラサーテの盤」
主演は原田芳雄、藤田敏八

日本が世界に誇る名監督、鈴木清順。大正三部作の第一弾。
鈴木清順は「殺しの烙印」という怪作を日活時代に作り、「変な映画を作るな」と社長の逆鱗に触れて解雇されている。鈴木清順と日活の確執は「東京流れ者」から始まっており、この時は鈴木清順の作ったラストシーンが日活上層部に認められず急遽撮り直しさせられた。あくまでも一般的な娯楽を撮りたい日活とアングラな方向にひた走りたい鈴木清順の方向性の産んだ確執であろう。この話に似た話を以前聞いた事がある。

1985年に黒沢清監督が日活ロマンポルノで制作した映画の第二作。「女子大生恥ずかしゼミナール」。
タイトルは如何にもロマンポルノであるが、映画の内容たるや奇抜な事この上ない。ポルノとは呼べぬ内容に日活は「納品拒否」。仕方なくタイトルを変えて自主映画として公開したという因縁を持つ。これも日活。

鈴木清順の徹底した映像美の世界は「清順美学」と呼ばれる。この「ツィゴイネルワイゼン」は日本アカデミー賞最優秀賞を受賞するとともに、1980年のベルリン国際映画で審査員特別賞を受賞した。
同時代の映画監督にイギリスのピーター・グリーナウェイがいる。グリーナウェイもやはり美学の映画監督であるが、グリーナウェイが美学を完成させたのは1985年の「ZOO」であるから、1980年ベルリン国際映画祭に発表された鈴木清順の審美的な作風が影響を与えていてもおかしくない。

あらすじ
大胆不敵で奔放な男、中砂(原田芳雄)は情婦を海に突き落とした罪で官憲に捕まろうとしていたが、友人である陸軍士官学校教授の青地(藤田敏八)に救われる。
その晩、二人の座敷に揚がった芸者は弟の葬儀を終えたばかり。服毒して死んだ弟を火葬したら骨が赤かったという話を聞かされる。
それ以来、中砂は赤い骨に取り憑かれる。

男が二人、女が一人。
男と女は男女の関係となるが残った男は?やはりそれも反道徳の男女の関係となる。
誘惑し、誘惑される失楽園。
青地が中砂の細君と不義を結び、中砂も青地の細君と不義を結ぶ。
その二人が席を並べて蕎麦をすする。

作中に麿赤兒の演じる盲目の門付が登場する。門付とは往来で芸を披露してお金を貰う人のこと。男二人女一人。
年寄りの門付が若い女の盲を嫁に取ったが、女と弟子が通じてしまった。

弟子が女の尻を撫でる

気が付いて微笑む女

不敵に笑う弟子

痴情がもつれてとうとう女を奪い合う決闘が始まる。女は桶に乗せられて海の上。

お互いに地面に埋まり、棒で殴り合う。盲いているので、そうでもしないと決着がつかない。

頭蓋骨が割れて血が噴き出す。
殴り合って男はどちらも死んで、女はその間に海に流されてやはり死んでしまった。
と語られた話はどうも中砂の吐く嘘らしい。
映画中には様々な映像が流れるが、それが真実とは限らない。
謀る嘘、死に際の妄想、疑念、発狂。真実ではないそれらがイメージ化して物語に挟まる。

冬の雪山に誰かがいる。

縛られた中砂であった。白一色の世界が切腹を思わせる。

落日。或いは日本。

満開の桜。

その下に首だけ出して埋まっている中砂。さらし首のようだ。

この直後に中砂は死んだことが報じられる。
報せを受けたのは青地。
窓の外には桜吹雪。
桜の花弁が部屋の中にまで吹き荒れる。
だが物語は終わらない。
むしろ、ここからが物語のはじまりである。

内田百閒の「サラサーテの盤」は
死んだ友人の妻が、男の所に友人が貸した本を返して欲しいと毎晩現れる話。
友人は死んでいるし何故本が必要なのか、その奇怪さが幽霊飴のように不気味である。
最後に妻が求めたものが「サラサーテのツィゴイネルワイゼン」のSP盤。↓↓

サラサーテ自らがプレイしている。3分30秒の所でサラサーテが何か喋るが何を言っているかは聴き取れない。入ってはいけない声が録音されてしまったという事で当時から稀覯品の扱いを受けていたらしい。肉声は呪わしい。

誤って録音された「聞こえてはいけない声」は「実在しない声」とも言える。
実在しない声を聞くことが出来るサラサーテのレコードは我々が簡便に体験出来る超常体験と言えるかもしれない。(話している内容はピアニストにもっと速く弾けなどと指示を出しているそうです)

あらすじの続き
中砂の妻が毎晩現れて本を返してくれと頼む。そして最後の晩にはサラサーテのレコードを、と。青地は屋敷を探したがツィゴイネルワイゼンは見つからない。
見つかったら宅に届けるから、と中砂の妻に帰って貰った。
果たしてレコードは家にあった。青地の妻が隠していたのだ。
レコードを持って中砂の家に赴く青地。
出迎える妻。
家の中には二人きり。
「もう、後戻りはできませんわねえ」
そう告げる中砂の妻。
しかし、青地の表情を見て、妻は恐怖に慄くのであった。

屋敷から逃げ出した青地の前に立ち塞がったのは中砂の子供であった。
「お前の骨をくれ」
中砂の子どもが青地に言う。

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ストーリーの意味は分かるようで分からない。分からないけれど面白い。
鈴木清順は久しぶりの撮影に「一切妥協はしたくない」と語ったという。
そうした本気が伝わってくる。カメラから、キャストから、舞台装置から。
映画全編に緊張感が漲っている。
カルトな作品だが、これが日本アカデミー賞を受賞したという。日本映画凄いな。今、このような作品が作られたとしたら、当時と同じく評価されるだろうか。

#映画レビュー #鈴木清順 #ツィゴイネルワイゼン #原田芳雄