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少人数事務所での男女別トイレ設置が義務でなくなるのは困ります!事務所衛生基準規則の改悪に反対します【2021.8.17追記あり】


 こんにちは、はじめまして。労働社会学者の村尾祐美子と申します。

 突然ですが、いま、「少人数の事務所での男女別トイレ設置が義務でなくなる」という法令改悪が行われようとしていることをご存知ですか?「そんな改悪困る!このことを多くの人に知ってほしい!そして改悪をやめさせたい!」という思いから、noteをはじめました。8月13日の夜にnoteアカウントを作った超初心者ですが、最後まで読んでいただければ幸いです。

【なお、2021年8月15日に毎日新聞デジタルに掲載された「女性用トイレが消える? 厚労省の議論が招いた混乱と不安」という記事に、この問題がしっかりとわかりやすく書かれています。有料ですが、非常におすすめです!私もコメントしています】

いま、事務所における男女別のトイレ設置は義務。現行のトイレ規定は、女性用トイレの設置を求めてきた女性たちの最強の交渉カードだった

 そもそも、「事務所において男女別のトイレ設置が義務になっているなんて知らなかったよ!」という方が多数派かもしれません。これは、労働安全衛生法という法律に基づき定められた省令「事務所衛生基準規則」「労働安全衛生規則」の規定です。働く人の安全衛生をトイレの面からもしっかり守るために、厚生労働省が基準を定めているのです。

 しかし今、「えっ、私の会社は男女共用のトイレしかないよ!?」と思った方も少なくないのでは。そう、2020年の労働政策研究・研修機構による労働者調査によれば、勤務先のトイレが男女共用と答えた人は全体で2割以上。男女別でみると、女性27.6%、男性16.6%で、調査対象となった女性労働者の4分の1以上が男女共用トイレしかない事業場で働いています(これは同調査の結果表から私が算出した数字です)。残念なことですが、法令違反状態の事業場がたくさんあるのです。この調査によると、このような職場で働く労働者の6割以上が、「男女別のトイレが必要」と回答しています。20代・30代の女性に限定すると「男女別のトイレが必要」と答えた人が7割を超えています。

 トイレは、とくに女性の健康や安全にとって、非常に大切な場所。だから、ストレスなく使える女性トイレが勤務先に欲しいというのは、無理もないことです。職場に男女共用トイレしかないため、トイレを我慢する、トイレのため「遠征」する、使用後の生理用品を持ち帰るなど、男女別トイレがあればしなくてもよかったはずの苦労をさせられている女性の話も、よく見聞きします。「トイレについての心配なんかせずに働きたい」という望みは、決してわがままでも贅沢でもありません。働く人として当然の望みです。

 女性用トイレがない職場というのは、かつてはもっとたくさんありました。というのも、1972年の省令「事務所衛生基準規則」「労働安全衛生規則」は男女別トイレの設置を義務付けているけれど、労働者に女性がいなければ、女性用トイレがなくても法令違反ではないからです。だから逆に、法令違反になったり女性用トイレを設置するためのコストがかかったりするのを嫌って、使用者側が女性労働者の採用を回避する、ということも起こりました。いまも、女性労働者が少ない職業や産業では、女性用トイレの設置が十分ではないところが多くあり、そのような職場への女性進出の妨げになっています。このように、女性用トイレの整備は、職場における男女平等やジェンダー平等(行政の言い方だと「女性活躍」とか「男女共同参画」)と、決して切り離すことのできない重要な事柄なのです。

 「職場に女性用トイレがほしい」という切実な声を、過去に働いていた女性たちがあげてこなかったら、女性用トイレのない職場で働く女性たちは、今、もっと多かったことでしょう(現状の「女性の4人に1人以上が男女共用トイレだけ」というのがすでに多すぎだと思いますけどね)。その一方で、女性の声だけではなかなか職場は変わらないというのも、多くの女性が実感するところ。しかし女性用トイレ設置に関しては、1972年以降、働く女性たちには強力な切り札がありました。それが、現行の「事務所衛生基準規則」「労働安全衛生規則」のトイレ規定。職場に女性用トイレ設置を求める働く女性にとって、これは最強の交渉カードでした。もしこの規定がなかったら、女性労働者の声を聞き入れる使用者は、どれだけいたでしょうか?

 また現在では、女性が圧倒的に多かった職種や職場に男性が進出することも珍しくありません。そういうところを中心に、男性用トイレが設置されていなくて労働者が困ることもあるでしょう。「トイレで気兼ねすることなしに働きたい」と思い、男性用トイレがほしいと願う男性労働者の存在も、決して見過ごしにはできません(上述の2020年の調査でも、男女共用トイレを使っている男性の過半数が「男女別トイレが必要」と答えていました)。このときも頼りになるのは、現行のトイレ規定です。

今そこにある危機①:男女別トイレの原則が、少人数の事務所では骨抜きにされる

 ところがいま、この大切なトイレ規定が、少人数の事務所については骨抜きにされようとしています。この7月末、厚生労働省に置かれている会議に、上記トイレ規定の見直し案が提出されたのです(2021年7月28日 労働政策審議会安全衛生分科会)。それによると、男女別トイレ設置の原則は変えないとしつつも、特例として、「同時に就業する労働者が常時十人以内である場合は、男性用と女性用を区別しない四方を壁等で囲まれた一個の便房により構成される便所(「独立個室型の便所」)を設けることで足りるものとする」ことが提案されています。

 ここで出てくる「独立個室型の便所」というのは、一度に1人しか入れない、壁で囲われた鍵のかかるトイレで、かつ、そこに出入りする通路にむき出しの小便器が置かれていないトイレのこと。家庭にあるトイレみたいなイメージです。勤務先で男女共用のトイレを使わされている方々のなかには、「それってうちの事務所のあのトイレのことだ!」と思い当たる方も多いかも。

 この見直し案が通ってしまうと、同時に働く人が常時10人以下の事務所については、そのような男女共用トイレを1個設置すれば、さっきの特例により、法令違反ではなくなります。そうなると、少人数の事務所で働く人は、男女別トイレの設置を求める際の強力な交渉カードを失うことになります。調査でみたように、働く人たち、特に女性たちのなかには、男女別トイレ設置への非常に強いニーズがあるにも関わらず、です。

※ちなみに、この「同時に働く人が常時10人以下」という人数も、私は多すぎると思っています。それだけでなく、人数が決められたプロセスにも、大いに問題があると考えています。が、それはまた別の機会に…。

今そこにある危機②:「男女共用トイレ1個」という労働環境が少人数向けオフィスの標準となり、将来にわたって働く人を困らせ苦しめる

 「私のオフィスのトイレは男女別だから関係ない」?そうとも言えません。「事務所衛生基準規則」「労働安全衛生規則」が改正されると、これから新規に建設・改築されるオフィス目的のスペースすべての設計に影響するからです。

 テレワークの普及は、企業によるオフィスの広さの見直しと隣り合わせです。より小規模なオフィスへと引っ越すこと、小規模なテレワーク拠点を設けること、社外のコワーキングスペースで従業員に仕事をさせること。そうした需要を満たす小規模オフィス供給がいかにも活気づきそうなこのタイミングで、「同時に働く人が常時10人以下の事務所」のトイレについては男女共用1個だけでも法令違反とならない特例を設けるという。これが通ってしまったら、その結果はどうなるでしょうか?

 男女別トイレの設置は、男女共用トイレ1個を設置するよりも、建設コストもメンテナンスコストもかさみます。日本経済が低迷するなかで、よりコストがかかる作りの少人数向けオフィスを供給することを、どれだけの事業者が選ぶでしょうか。また、特例ができたら、人を働かせる側は、どんなオフィスを選ぶでしょうか。男女別トイレのために余計にかかるコストを、「働く人のためには必要」とあえて負担する事業者はどれだけいるのでしょう?

 一般に、オフィスビルやオフィススペースといったものは、長期的な使用が想定されているものです。男女共用トイレ1個しかない、労働環境として質が低い少人数向けオフィスが標準的な設計になってしまったら、そのような労働環境で困り苦しむ人が、長期間にわたり発生することになります。現状でも、そのような労働環境で困り苦しんでいる労働者、特に女性労働者が多いのに…。そのような事態が起こるのを止められるのは、今しかありません。

「女性活躍の専門家」が関与しないところで、「女性活躍」を掲げる見直し案が作られた

 そもそも、なぜ今「事務所衛生基準規則」「労働安全衛生規則」の規定の見直しが行われているのでしょうか。

 話は2018年にさかのぼります。残業時間の上限規制などが盛り込まれた「働き方改革関連法案」の可決後、参議院厚生労働委員会は、この法律を実際に運用する際には、政府としてこんなことをやりなさいと、47項目もある附帯決議をしました(2018年6月28日)。そのなかに、「43、事務所その他の作業場における労働者の休養、清潔保持等のため事業者が講ずるべき必要な措置について、働き方改革の実現には、職場環境の改善を図ることも重要であるとの観点を踏まえ、労働者のニーズを把握しつつ、関係省令等の必要な見直しを検討すること。」という項目があったのです。

 この「国会から政府への提案」に応えるかたちで、2019年に「事務所作業に係る労働衛生管理及び快適な職場環境整備に関する検討会」が発足し、検討委員たちと厚生労働省労働基準局安全衛生部のスタッフが集まって検討が始まりました。この検討会は、厚生労働省内部ではなく、株式会社リベルタス・コンサルティングへの委託事業として実施されたため、厚生労働省ホームページ上に資料や議事録がなく、そこで交わされた議論について外部の人は知ることができません(行政過程の透明性の面で非常に問題だと思います)。この検討会が2020年3月にまとめた報告書を見ると、「厚生労働省の委託事業として、産業保健分野、建築物衛生管理、女性活躍などの専門家、事務所をもつ事業者やそこで働く労働者などの代表からなる検討会を開催し、事務所衛生基準規則や快適な職場環境の指針の関係部分につき現状の把握と分析を行い、結果を取りまとめることとした」と書かれています。しかし非常に奇妙なことに、検討会メンバーの名簿の中には、はっきりと「女性活躍の専門家」と言えるような人が誰もいません。唯一これかな?と思われる「アサヒプロマネジメント株式会社 人事企画部マネジャー」という肩書の方について、CiNiiで日本語業績を検索してみると、産業保健師として活躍されている立派な方ではあることはわかりますが、その業績内容は「女性活躍の専門家」という言葉で一般に想像されるようなものとはかけ離れています。この人選で、職場における「女性活躍」や「男女共同参画」について、本当に適切に現状把握と分析ができると思っていたのでしょうか?

 2020年8月からは、厚生労働省労働基準局を事務局に「事務所衛生基準のあり方に関する検討会」が始まります。この検討会の第1回会議に出された資料の中で、「事務所衛生基準に関連する最近の状況」の最初には「女性活躍の推進」が掲げられていました(「事務所衛生基準のあり方の検討について」)。では、今度こそ、「女性活躍の推進」を意識した議論が行われたのでしょうか?今度は資料も議事録も見られるので確認できます。参集者名簿を見ると、前年度の検討会メンバーが1名を除き横滑りしたうえで、日本経済団体連合会(経団連)の労働法制本部統括主幹という使用者側の人と、人間工学に基づくデザインの専門家である大学教授が加わったことがわかります。この検討会では有識者を招いたヒアリングも行われましたが、そこにも「女性活躍の専門家」は全く呼ばれていません。つまり、女性にとって必要な職場環境の改善という観点から事務所衛生基準を検討する人が誰もいないまま、2021年3月に報告書がとりまとめられ、省令の見直し案が作られたのです。

 私自身がこの報告書の存在に気付いたのは、この6月終わりごろのこと。それからいろいろとリサーチを重ね、7月上旬には、女性にとっては職場環境の改善と真逆の「見直し」が現実化しようとしている、非常に危機的な状況だと、確信をもちました。それ以降、女性と労働に関わる研究会の仲間たちや、個人的に親しい研究者たちに「こんなことが起こっている!こんなことおかしい!どうしよう、阻止しなければ。このままだとこの見直し案は労働政策審議会の分科会から親会議へと、するすると通されてしまう。でも、どうしたらいいのだろう!?」と伝え、相談し続けてきました。でも、どうしたらいいのかわかりません。

 ただただ悶々と焦りつつ、労働政策審議会安全衛生分科会のページをウォッチし続けているうちに、7月23日、安全衛生分科会のページが更新されていることに気づきました。7月28日に第138回会合が開催される。議題の一つは、「労働政策事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案要綱について(諮問)」。下手すれば、この諮問に対しあの改悪案がするりと提出されて、最悪、改悪案を引き写しにした答申がその場で出されてしまうかもしれない。「ついに来た…」目の前が真っ暗になりました。

女性たちは、改悪反対の声をあげはじめた。私もその声に連帯したい

 とてもまずい状況だ。とにかく何かできることはないだろうか。おろおろと考えて、7月25日の夜中にようやく思い出したのが、パブリック・コメント制度でした。政令や省令等を決めるにあたって、あらかじめ案を公表し、広く意見や情報を募集する手続です。今回も省令の改正なのですから、パブリック・コメント募集があるはず。「もっと早く気づけよ、自分!」と自分を罵りながら検索すると、はたしてパブリック・コメント募集の真っ最中。しかも締切は、二日後の夜、7月27日の23:59ではありませんか!もちろん自分でも出すし、知り合いにも「出して」と呼びかけるけれど、それだけでは到底足りません。ああ、どうしよう。

 このパブリック・コメント、どれくらいの人が知っているんだろう。ふとそう思い、パブリック・コメント募集のページのURLでTwitter検索をしてみて、次の瞬間、私は胸がいっぱいになりました。そこには、省令改悪に反対するためにパブリック・コメントを送ろう、女性の声を届けようと呼びかける、たくさんのツイートがずらりと並んでいたからです。女性と思われる方が多く声をあげていました。男性と思われるお名前もありました。コメントを提出する際のウェブ上の操作について注意喚起する画像も作られていました。「提出してきた」とたくさんの人が書き、他の人にも提出をすすめていて、そのツイートをたどると、そこにはまた、「提出した」というツイートが連なっているのでした。この問題を報じるメディアの記事など、この時点ではなにもなかったのに。こんな光景を、私はいままで見たことがありませんでした。

 7月27日のお昼前には、武蔵大学の千田有紀先生が、「小さな会社こそ、男女別トイレが必要である」という記事をYahoo個人で公表しました。2020年度の検討会の議事録を読み込み、見直し案の問題点を指摘しつつ、女性用トイレの整備と女性の社会進出との関係についても触れた充実した記事でした。ここでもパブリック・コメントとその締切が紹介されていました。これもまた、とてもタイムリーで意義あるアクションだったと思います。

 毎日新聞の報道によると、結局このパブリック・コメント募集には、約1500件もの意見が寄せられたそうです。この時の会議の議事録は8月15日現在まだアップされていないので、詳しいことはわかりませんが、今回諮問された「事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案要綱について」は継続審議となったそう。公開されている資料から推測するに、その日同様に諮問された「港湾貨物運送事業労働災害防止規程変更案要綱について」は、この日のうちに分科会から「厚生労働省案は、妥当と認める」という報告が労働政策審議会に上げられ、続いて労働政策審議会から厚生労働大臣に上記内容の答申が行われた、というスピード決着だったようです。トイレ規定の見直しはこうならなくてよかった、と心底思います。

 7月28日の労働政策審議会安全衛生分科会はなんとかしのげたけれど、まだトイレ規定の改悪案は生き残ったままです。こんな改悪はどうしても阻止したいが、これから私になにができるだろう?トイレ規定の改悪阻止という目的を同じくする人たちと連帯して、なにかできないだろうか。

 この問題に関心を持っている研究者でない友人に話したところ、まずはこの問題を広く知ってもらうために、記事を書くことをすすめられました。すでに千田先生の記事はあるけれども、私は私で、労働社会学者として書いたらいいのではないか、と。

 それで、この記事を書きました。まずはこの記事を手始めに、私も次のアクションに踏み出していきたいと思っています。

 最後に、もしこの記事を拡散してくださる方がおられるなら、とてもありがたく思います。ここまで長文をお読みくださり、どうもありがとうございました。

【2021.8.17追記】みなさまへの感謝

 このnoteをさまざまな方法で拡散してくださった多くの方、また、このnoteへのスキ、コメント、サポート、オススメなどさまざまな形で、私に励ましを与えてくださった方々、本当にありがとうございます。なにもかも初心者ですし、こうした方法を使って発信することについても完全に世間知らずですので、このような場合に当然お返しすべき適切な反応が、それぞれの方に対してできていないかもしれません。不行き届きがありましたら、なにとぞお許しください。

 パブリック・コメントが募集されていたあの期間、いろいろなことが起こっていました。その一部については私も観察できていたと思います。パブリック・コメント提出への呼びかけに対して、一部の人が誤解や先入観をもとにした批判的な発信をしていたことについても、私なりに把握しています。そうした状況のなかでも、粛々とこの問題への注意を喚起し、パブリック・コメントを提出しようと発信を続けて、7月28日の会議での見直し案承認に待ったをかけてくださったことに、深い敬意と感謝を表します。また、最初にパブコメ提出の呼びかけをしてくださったアカウントの方が、働く人のためにしてくださった大きな貢献を、私は決して忘れません。

 毎日新聞の記事が出たことで、「あのときは誤解していた」と思った方もいるのではないかと思います。そのような方や、今回新たにこの件について知った方のすべてに、私は、一緒に見直し案に反対してください、とお伝えしたいです。

 なかには、ジュディス・バトラーの言葉に引き付けて書いたら、より理解しやすいという方もいらっしゃるかもしれません。この問題は、新自由主義的な統治が働く人たちの生の条件を蝕んでいるということの、一つの現れです。これに抵抗する「アセンブリ」こそ、いま必要とされるものではないでしょうか。

 省令の改悪阻止の志をともにするみなさまから、私は勇気をいただきました。本当にありがとうございます。改悪はまだ阻止できたわけではありません。引き続き、反対をつづけていきます。

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