潮騒の詩(うた) 第9話 房総半島のシーバス③<岩井袋港&センズイの磯>

15 連続ヒットには理由がある

「きたっ! エッ、何だこの引きは?」
 小川徹也の手にしていた細身のロッドが大きくしなり、小型スピニングリールのスプールが逆転し、ラインが勢いよく飛び出してゆく。
「どうした? 何かヒットしたのか?」
 5メートルほど離れて釣りをしていた浅利大介が、異変に気づき、素早く駆け寄ってきて小川に聞いた。
「どうやらシーバスがヒットしちまったようだ。参ったなぁ」
「その様子だと、結構でかそうだな」
「ああ。50センチや60センチのフッコクラスじゃあなさそうだな」
「いやぁ、楽しそうだなぁ。羨ましいなぁ」
 折れんばかりにしなったロッドを暗がりの中で眺めながら、奮闘中の小川に浅利が言った。
「それにしても、まさかシーバスがヒットしてくるとはおもわなかったなぁ」
「嘘をつくな。密かにねらっていたんだろ?」

◇     ◇     ◇

 11月下旬の岩井袋港。
 午後5時15分。
 館山市内で釣具店を営む浅利大介(35歳)と、店の常連客であり釣り仲間でもある小川徹也(35歳)は、湾口にある小さな堤防からソフトルアーでメバルをねらっていた。
 釣り場に入ったのが、午後5時ジャスト。
 夕マヅメの時間帯が過ぎ、あたりはすっかり暗くなっていた。
 潮通しのよい堤防先端に小川が入り、先端から5メートルほど手前で浅利が釣りはじめる。
 浅利がねらったのは、港内に密生している海藻周り。
 日中、海藻の中に隠れてじっとしていたメバルたちが、海藻帯から抜け出し、小魚を漁りはじめる頃ではないか、と考えたのだ。
 小川のロッドにアタリがあったのは、釣りを開始してすぐだった。
 使っていたロッドは、7フィートのメバル用。軟調ロッドがバットから大きく曲がり、時折、ガクガクと激しく震えている。
 ギュギュッと引かれるたびに、リールのスプールが逆転し、勢いよくラインが引き出される。
「ラインは?」
 浅利が聞く。
「PE0.3号」
 小川が答える。
「リーダーは?」
「フロロカーボンの2.5号」
 リーダーが若干太めなのは、やはり、シーバスがヒットしてくることをある程度想定していたからに違いない。メバルをねらうだけなら、1.5号もあれば十分だ。
 とはいえ、シーバスがヒットしても安心して戦える、といったレベルでないのも確かだ。
「フックがもつかどうかが問題だな」
 大きくしなったロッドを右手で支え、左手でリールのハンドルを握ったまま、両腕を頭上高く突き上げながら小川が言った。
 ウデとロッドを一体化させ、不利な戦いを少しでも有利な状態に持ち込もうとしているのだ。
 時折、シーバスがグングングンと頭を振る。
 その振り幅から、魚の大きさが概ね想像できる。
 小川には、相手がかなり大きいように感じられた。
「そんなに暴れるんじゃない。お願いだからおとなしく寄ってきてくれ」
 暗闇の中で息を呑むヤリトリがつづく。
 エラアライをしないのも不気味だった。
 頭を振るのが止まると、今度は重々しく、沖へ向かって走りはじめた。
 走りが弱まったところで、大きく曲がったロッドを強引にあおる。
「よしっ、こっちを向いた」
 素早くリールを巻き、ロッドを手前に引く。
 左手で押さえていたスプールがほんの少し滑り、ラインがズズッと引き出される。
 反転して走りだそうとするたびに、ロッドを立てて堪え、突進を食い止める。その際に小さなジグヘッドのフックが伸びてしまうのではないかと、そればかりが心配だった。
 徐々に、シーバスとの距離が縮まる。
「油断するなよ」
 一進一退の攻防を見守りながら、浅利が声をかける。
手には、すでに玉網を握っている。スルスルと柄の伸びる磯釣り用で、柄の長さは5メートル。網枠の直径は60センチ。
「よく、そんなものを持ってきていたなぁ」
 真っ暗な水面から目を離すことなく、小川が言った。
「まあ、こんなこともあろうかとおもってな」
 浅利が答える。
「ということは、オマエもシーバスがヒットするのを想定していたってことじゃないか」
「まっ、そういうことになるな」
 突然、10メートルほど先でシーバスが水面に顔を出し、激しく左右に頭を振った。
「おっとっと」
 立てていたロッドを素早く横向きに寝かせ、ショックを和らげる。
「危うくフックを伸ばされるところだった」
 ホッとしたように小川が言う。
「慎重にいけよ」
「ああ、大丈夫だ」
 さらに、つづけざまに2度、シーバスがエラアライをした。
「だいぶ弱ってきたようだな」
 まるでスローモーションのような弱々しいヘッドシェイクを見て、浅利が言った。
「ああ、確かに弱ったようだ。それじゃあ、一気に勝負といくか。取り込みは任せたぞ」
「大丈夫だ」
 小川は、スプールのふちに左手の薬指と中指を当てながら、ロッドを胸に引きつけるように右手でグイと引き、今度は左手でリールのハンドルを素早く回しながらロッドを前方へ倒し、再びスプールを指で押さえながらロッドを引く。
 4回、5回と繰り返すうちに、シーバスが足元に寄ってきた。
 ライトを当てると、銀色の魚体がギラリと光る。
 浅利が玉網を伸ばして頭からすくうのとほぼ同じタイミングで、小川がリールのベールを返してラインを放出する。玉網の奥深くまで魚を入れ込むためだ。そして、その動作を確認することもなく、浅利が玉網の柄を縮めながら堤防へ引きあげる。
 阿吽の呼吸というのだろう。日頃より多くの釣行を共にしているゆえの、見事な連係プレーである。
「サンキュー」
 小川が浅利に右手を差し出す。
「やったなぁ」
 握手を交わしながら浅利が祝福の言葉をかける。
「立派なシーバスだ」
 浅利がポケットからメジャーを取り出し、計る。
 全長、87センチ。体重は6キロ以上あるに違いない。
「メバルタックルでもあがるものなんだなぁ」
 釣りあげた本人も、呆然としている。
 シーバスの唇の右端にチョコンと掛かった小さなジグヘッドは、フックが伸びかかっていた。
「危ないところだった」
それをプライヤーで外し、魚体を持って水際へ下りる。
「また会おうぜ」
 小川はそう口に出してから、別れを惜しむようにそっと海へ帰した。
 ライトの明かりの中でしばらく佇んでいたシーバスは、やがて悠然と泳ぎはじめ、暗い海に消えていった。

◇      ◇     ◇

「おっ、やってるやってる。あれがそうだな」
 暗闇に目が慣れてくると、小さな堤防上にうっすらと2人の釣り人の影が確認できた。
 畠山小太郎と松本竜司は、この日の午後、館山市内に住む稲葉茂と合流して岩井海岸の地磯からシーバスフィッシングを展開し、トップウォータープラグで数尾のシーバスをキャッチした。
 その後、勝山にある中華料理屋「住吉飯店」へ出かけた。
 名物でもある大盛りのモヤシソバをほおばっている最中、浅利大介から稲葉に電話が入り、「暗くなった直後に良型のシーバスが連続ヒットした」と教えられ、急いで岩井海岸の隣に位置する岩井袋港へ戻ってきたところだった。
 小川と浅利は、稲葉の釣り仲間で、この日は、稲葉の誘いを受けて岩井袋港へやってきていたのだ。
 小太郎たちは、ライトを手に、堤防へ向かった。
「どれ位の大きさだった?」
 釣りをしていた2人に、稲葉が声をかける。
「87センチでした」
「えっ、87センチだってぇ。そりゃあでかいなぁ」
「ルアーは?」
「1.8インチのソフトルアーでカラーはパールホワイト。ジグヘッドは1.5グラムのダート型で、フックサイズは6番です」
「そうか、ソフトルアーにきたのか。で、その後は?」
 稲葉が聞く。
「俺が釣りあげた直後に、浅利に1尾、そしてまた俺に1尾と立てつづけにヒットしてきました。それで、こりゃあ大変だ、稲葉さんにすぐ知らせなくちゃって、急いで電話をかけたんですが……」
 そこまで言って、小川は下を向いたまま黙ってしまった。
「そうか、バタバタ釣れていたが、その後は急に釣れなくなってしまったってことか」
 タメ息をつきながら稲葉が言った。
「そうなんです。暗くなった直後はシーバスのボイルもなく静かだったので、ソフトルアーでメバルでもねらうかと言ってはじめたところ、いきなりシーバスがヒットしてきました。まあ偶然の1尾だろうとおもっていたんですが、立てつづけにヒットがあって……。ところが、そこいら中でシーバスのボイルがはじまった途端に、パタッと釣れなくなりました」
 小川は申し訳なさそうに首をひねりながら、両手を小さく左右に広げた。
 堤防にやってきた時には気づかなかったが、よく見れば、湾口から港内にかけて、そこいら中でシーバスが派手なボイルを繰り返している。
「港内でボイルするシーバスがルアーで釣れないのはいつものことだ。むしろ、短時間であれ、連続してヒットしたってことの方が珍しいんじゃないか? ソフトルアーが効いたってことも考えられるな」
 小川に向かって稲葉が言う。
「まあ、そうなんですけど……」
 小川の声はいよいよ小さくなった。
「そうだ、紹介しておこう。こちらがプロフィッシャーマンの畠山小太郎さんで、隣にいるのが弟子の松本竜司さん。こっちの2人は、俺の釣り仲間で、小川徹也君と浅利大介君」
 稲葉が、紹介すると、4人はそれぞれ「初めまして」「よろしく」と挨拶を交わした。
「さて、どうしますか?」
 稲葉が小太郎に聞いた。
「ともあれ、このあたりでやってみようじゃないか。ガバッ、ガバッというシーバスのボイルが気になって仕方ない。ルアーには食ってきてくれないと分かっているんだが、『ひょっとすると』ってついついおもっちゃうんだよなぁ」
 落ち着いた口調で小太郎が言う。
「あんなに激しくボイルしているのに食ってこないなんて信じられないなぁ。ルアーを投げれば百発百中でヒットしそうじゃないですか」
 竜司は、興奮を抑え切れない様子だった。
「それじゃあ、適当に散らばってやってみましょう。俺は湾奥の様子を見てきますから、何かあったら電話をしてください」
稲葉はそう言って、湾奥へ向かって歩きだした。
「それじゃあ俺たちは、岩井海岸の『センズイの磯』をチェックしてきます」
 小川と浅利は、それまで釣りをしていた小堤防を小太郎と竜司に譲り、歩いて岩井海岸へ向かった。

◇     ◇     ◇

「小太郎さんは何を使いますか?」
 竜司が聞いた。
「俺は、とりあえず『TDペンシル』の9センチからはじめて、反応がなければ7センチ、それでもダメだったらシンキングペンシルでやってみるつもりだ」
 小太郎は、想定するルアーローテーションを自ら確認するようにゆっくり口にした。
「僕は、小川さんたちを真似て、メバルタックルにソフトルアーで挑んでみようとおもっているんですが……」
 竜司は、師匠格の小太郎の許しを求めるように言った。
「ああ、やってみろ。何でもおもったことを試してみるのは大切なことだ」
 2人は、いったん車へ戻り、今度はタックルを持って堤防へ出て、釣りはじめた。
 シーバスのボイルは相変わらずつづいている。
 釣りを開始すると、2人は途端に真剣になった。
「おそらくヒットすることはあるまい」と諦め半分だった小太郎も、イザ釣りはじめると、傍目にも集中しているのがはっきり分かる。
 バシャッとボイルがあれば、すぐさまルアーをキャストし、見えるハズのない水面を見つめながら誘いをかける。
 9センチの『TDペンシル』に反応がないとみるや、7センチの同ルアーに替え試してみるが、シーバスは飛びついてこない。次は、6センチのシンキングペンシル……。
 ドッグウォーキングも、スローリトリーブも、ファストリトリーブも、浮かせたまま待っても、ゆっくり沈めても、シーバスは反応しない。
「あんなに激しくボイルしているっていうのに……」
 小太郎は、すっかり諦め気分になった。
 これまでに幾度、こんな状況に出くわしたことだろう。
 目の前で激しく起きるボイル。
 日中のそれならいくつか打つ手はおもい当たる。
 試行錯誤を繰り返すうち、ヒットパターンを見つけてよいおもいをしたことが何度もあったからだ。
 九州北部のとある釣り場では、早朝、激しくボイルするシーバスたちに、7センチと9センチの『TDペンシル』が絶大なる効果を発揮した。
 北陸の海岸にずらりと並べられた波消しブロック帯では、ミノーやバイブレーションには反応しないシーバスが、10~14センチのフローティングペンシルに繰り返し激しくアタックしてきた。
 ところが夜の港内におけるボイルときたら、どこの釣り場でも玉砕つづきで、いまだ、攻略の糸口さえつかめていないのである。
 そうおもうと、小太郎の気力は一気に萎えた。
<何とかしなければ>という気持ちと、<あがいたってどうにもなりはしない>という諦めが交錯する。
「そっちはどうだ」
 気持ちを紛らわすように、竜司に聞いた。
「まるでダメです。目の前でバシャバシャ跳ねているっていうのに、全く反応してくれません」
 小太郎にしてみれば、予想通りの答えだった。
 竜司の熱意に僅かながら期待をしていたのだが、やはり、そうそう容易い相手ではないのだ。
 最初は興奮気味だった竜司も、時間が経つにつれ、次第に冷めた表情に変わっていった。
「それにしても、小川さんたちにはなぜ、連続してヒットしてきたのでしょう」
 皆目見当がつかない、といった表情で竜司が言った。
「理由は、そのうち分かる」
 そう言って、小太郎はニヤリと笑った。
 
◇      ◇     ◇

「こうしていてもしょうがないから、ボイルしているシーバスは諦めて、俺たちも磯の方へ行ってみるか」
 小太郎が言った。
「ええ、そうしましょう。食い気のある、素直なシーバスがいるかもしれませんからね」
 間髪を入れず、竜司が応える。
 2人は、タックルを手に、海岸に沿って歩きだした。
 快晴無風。
 見上げると、空には満点の星が宝石のように輝いている。
 磯に打ち寄せる波は穏やかで、時折パシャツと波しぶきがあがる程度だ。
「このあたりでちょっと投げさせてください」
 足場のよい磯に立ち、暗闇に向かって竜司がソフトルアーを投げはじめる。
 小太郎は、タックルを傍らに置いたまま磯の上で仰向けになり、透明な空を眺めた。
「いい気持ちだなぁ」
 ほおに当たる冷気がなんとも言えず心地よい。
 南から北へ点滅しながら移動する光は、成田空港へ向かうジェット機のものだろう。
 11月下旬。
 ひんやりした空気を感じるようになると、小太郎は、<今年もシーバスの季節がやってきた>と、実感するのだった。
「心地いいなぁ」
 仰向けに寝転んだまま両手を大きく広げ、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで目を閉じる。いつしか、眠りに落ちていった。

◇     ◇     ◇

「きたっ!」
 暗闇に竜司の声が響き渡った。
「きたか」
小太郎が飛び起きる。
「はいっ、シーバスではないとおもいますが……」
 それほど強い引きでないことから、竜司にはヒットした相手がシーバスではないとはっきり分かった。
「何がヒットしたんだ」
 小太郎が声をかける。
「あっ、でっかいメバルです」
 竜司の声には、生気がみなぎっていた。
 懐中電灯の光を竜司に向けると、ちょうど魚を抜きあげたところだった。
 駆け寄ると、磯の上に尺近いメバルが大きな目をキョロキョロさせながら横たわっていた。
「おおーっ、これはでかいなぁ」
 そう言いながら、小太郎はフローティングベストの胸ポケットからメジャーを取り出し、メバルに当てる。
「28センチ」
 尺には届かなかったものの、堂々の良型である。
「こんなにでっかいメバルを釣りあげたのは初めてです」
「そうか。それはよかった。おめでとう」
「ありがとうございます。ところで小太郎さん、このメバルは<クロ>じゃあないですか?」
 メバルの唇に刺さったジグヘッドをプライヤーで外しながら、竜司が言った。
「ほう、メバルの種類を知っているなんて大したもんだなぁ」
「つい最近新聞に載っていたものですから。確か、アカメバル、クロメバル、シロメバルの3種があって、赤褐色の一般的なメバルが<アカ>、アオって呼んでいた緑っぽい背のメバルが<クロ>、金色のメバルが<シロ>だったとおもいます」
「竜司の記憶力も捨てたもんじゃないな。その通りだ。胸ビレの軟条数で見分ければ間違いはない。アカが15本、クロが16本、シロが17本だ。オマエが釣ったメバルは軟条数を数えるまでもなく、背中が緑色だから<クロ>だな」
 竜司は満足そうにもう一度メバルを眺め、そっと海へ放した。
「しばらくメバル釣りでも楽しんでいてくれ。俺はここでもうひと眠りしているから」
 小太郎は再び磯の上にゴロリと寝転び、しばらく星空を眺めてからゆっくり目を閉じた。

◇      ◇     ◇

「小太郎さーん」
 竜司の呼ぶ声で目を覚ました。腕時計を見ると午前5時50分。
 あたりは、ほんの少し明るくなりはじめている。
「小太郎さん、早く早く!」
 竜司が再び、大声で呼んだ。
 声のした方を見ると、竜司、稲葉、小川、浅利の4人が並んで磯に立ち、真剣にロッドを振っている。
 目の前の海では、ガボッ、ガボッとシーバスがあちこちでボイルしている。
「きたっ」
 叫び声とともに、竜司のロッドが大きくしなる。
 つづいて、小川と浅利のロッドも、ほぼ同時に弧を描いた。
 稲葉は?と見れば、すでにロッドを置き、フローティングベストのポケットからグローブを取り出し両手にはめている。ランディングの手助けをするつもりらしい。
「こうしちゃあいられないな」
 小太郎も急いで駆けつけ、フィッシンググローブをはめてシーバスの取り込みを手伝った。
 磯際に寄せられたシーバスはどれも良型で、全長は、皆70センチ以上ある。しかも、カタクチイワシをたらふく食べているらしく、丸々太っている。
「空が若干明るくなったかなぁ、とおもった矢先にガボッ、ガボッとボイルがはじまりました。それでもルアーには食いついてこないんだろうな、とおもいながら『TDペンシル』をキャストしてみるといきなりドバッと飛びついてきたからびっくりしました。夜の間、岩井袋港であんなにボイルしていたにもかかわらず全くかすりもしなかったのに、今度はいきなりヒットしてきたんですからね。しかも、周りを見ていると、メタルジグにもシンキングペンシルにもバンバン食いついているみたいです。一体全体、どうなっちゃってるんでしょうねぇ」
 竜司は、「不思議でならない」といった顔で首をひねりながらまくしたてた。
「やっぱりそうか」
 小太郎は確信するように言った。
「やっぱりって、小太郎さんにはこうなることが分かっていたんですか?」
 驚いた顔で竜司が聞いた。
「まあ、ある程度はな。それより竜司、今のうちにもっと釣っておいた方がいいんじゃないのか」
 小太郎が釣りの続行を促す。
「そうさせていただきます」
 怒涛の入れ食いはその後も30分ほどつづき、明るくなるにつれて徐々にボイルが減り、やがてシーバスのヒットも無くなってしまった。
「さっきの話なんですが……」
 短時間に4尾のシーバスを釣りあげ、すっかり満足したて上機嫌となった竜司が小太郎に言った。
 稲葉も小川も浅利も、興味深げに2人のやり取りを聞いている。
「ああ、話が途中だったな。いいか、今このあたりには小型のカタクチイワシが押し寄せ、それを追ってシーバスがやってきている。日中、あたり一面に広がっているカタクチイワシの群れは、日暮れとともに波の静かな港内に入り込み、夜明けと同時に外へ出る。イワシの群れが港内へ入ると、シーバスは小さなイワシばかりを食べるようになり、他のエサには見向きもしなくなる。もちろん、ルアーなんて興味の対象外だ。だから、あんなにボイルしていても全くヒットしないんだ。唯一、ルアーで釣れる可能性があるのは、カタクチイワシが港内に入り込むときと、出てゆくとき。すなわち、暗くなった直後と明るくなる直前。その時だけは不思議とルアーによく反応する。昨日の夕方小川君と浅利君がいいおもいをしたのは、そのタイミングにドンピシャ当たったってことだ」
「そういうことだったんですか」
 竜司と一緒に聞いていた稲葉たちも、大きく頷いた。
「しかし、絶対に釣れないってことじゃあないだろう。何かしら食わせる手段があるハズなんだ。ヒントは、偶然のヒットの中にきっと隠されている。諦めたら終わりだからな」
 空が少しずつ青さを増し、暖かな太陽の光が全身を包む。
目の前には鏡のように穏やかなな海面が広がり、沖合では時折シーバスのボイルが起こっていた。


舞台となっているのは、実際の釣り場。釣り場紹介と小説が合体した、新しいジャンルの「釣り小説」です。お楽しみください。