潮騒の詩(うた) 第8話 房総半島のシーバス➁<岩井海岸・センズイの磯➁>

13 ヒットルアーは『TDペンシル』

「竜司も『TDペンシル』でやってみた方がいいんじゃないか?」
 良型のシーバスを立てつづけに2尾釣りあげたところで、小太郎が言った。
「もちろん、そうさせていただきます」
 間髪を入れず、竜司が答える。
 タックルを右脇下に挟み込むように持ち、空いた両手でライフジャケットのポケットからルアーボックスを取り出す。
 ボックスの中には、ミノー、バイブレーション、シンキングペンシル、メタルジグ、トップウォータープラグといったルアーがぎっしり詰め込んである。
その中から、小太郎が使っていたのと同じ、11センチ、レッドバックの『TDペンシル』を取り出す。
「やっぱりコレですか」
 そう言いながら、付けてあったメタルジグを外し、ショックリーダーの先にフリーノットで結ぶ。
「竜司、ショックリーダーは何ポンドだ?」
「フロロの20ポンドです」
「オーケー。フックサイズは?」
「O社製ST46の4番が付いています」
「オーケー。問題ない。やってみろ」
 11月19日。
 午後2時過ぎ。
 畠山小太郎と松本竜司は、館山市内在住の稲葉茂とともに岩井海岸の地磯「センズイの磯」からルアーでシーバスをねらっていた。
 開始早々、メタルジグをキャストしていた竜司や稲葉を尻目に、小太郎がトップウォータープラグで立てつづけに2尾の型のよいシーバスをキャッチ。
 それを見た竜司が、ルアーを小太郎と同じ『TDペンシル』に素早く交換したのだった。
 潮は、すでにあげはじめている。
 満潮時刻は、午後4時51分。
 小太郎と稲葉が見守る中で、沖に向け、キャスト。
 相変わらず、シーバスのボイルはあちこちでつづいている。
 水面に追いあげたカタクチイワシを、体を反転させながら吸い込むように捕食しているのだ。
 焦る気持ちを抑えながら、竜司が『TDペンシル』を操る。
 ロッドを立て気味に構え、ルアーを手前に引くような気持ちでほんの少しあおると、スライドするようにクイッと左を向いた。
 同じ動作をもう一度おこなうと、今度はクイッと右方向へ動く。
 小刻みな動作を連続しておこなうことによって、ルアーは右、左、右、と、規則正しく、くねるような動きになる。ルアーフィッシャーマンの間で、<ドックウォーキング>と呼ばれているアクションだ。
「竜司、なかなかいい感じじゃあないか。ずいぶん上手に扱えるようになったなぁ」
「小太郎さんと一緒に釣りをしていれば、いやがうえにも使う機会が多くなりますからね」
竜司が、照れながら言った。
「確かに上手く操っているなぁ。左右に気持ちいいくらいスライドしている。俺が魚だったら、もうとっくに飛びついているな」
 小太郎と並んで竜司の釣りを見ていた稲葉が、感心しながら言った。
 ルアーとの距離が縮まるにつれ、立てていたロッドを徐々に下向きにしてゆく。
 それもまた、小太郎のルアー操作を見ながら覚えたことだ。
 そうすることによって、沖合から足元まで、同じアクションをルアーに与えつづけることができるのだ。
 足元まできたルアーをピックアップして、再びキャスト。
 ドッグウォーキングでリトリーブしてくる。
 そしてまた、キャスト……。
「小太郎さんは、2投して2尾のシーバスをキャッチしたのに、僕のルアーには反応してくれないなぁ」
 確かに、小太郎はポンポンと簡単に2尾のシーバスを釣りあげた。
 ところが、竜司の操るルアーには反応がない。
ルアーの種類はもちろんのこと、カラーも、フックサイズも同じ。
竜司の気持ちに、迷いが出はじめる。
「ルアーの操り方に、何か問題があるのだろうか?」
微妙にドッグウォーキングが乱れはじめた。
 スロースピードで操作をすれば、「ひょっとすると速い方がいいのではないか」とのおもいが脳裏をよぎり、ファストスピードに切り替えれば「やはりスローがよいのでは……」とのおもいがのしかかってくる。
 釣りに迷いは禁物、と分かってはいるものの、それでも払拭し切れないのが人間の弱いところなのである。
「小太郎さん、俺のやり方、何か間違っていますか」
「いや、問題はない。強いていうなら、迷って落ち着きがなくなっていることぐらいかな」
「迷っているのが分かりますか」
「ああ、はっきり分かる。ルアーのリトリーブスピードが、てんでバラバラだ。それでシーバスが食わなくなることはないだろうが、心の乱れは禁物だ。自信を持って、落ち着いてやれ」
「分かりました」
 小太郎の忠告を受けて気持ちが落ち着いたのか、次にキャストしたルアーは、規則正しい動きになった。
 右、左、右、と正確にスライドし、しっかり止まってから次の動きがはじまる。
 確かにさっきまでは、ルアーの動きが止まらないうちに次の動作がはじまっていた。結果として、左右のスライド幅が狭くなっていたのかもしれない。
 突然、ドッバーンと水しぶきがあがり、ルアーがひったくられた。
「出た!」
 3人が口にだしたときにはすでに、ロッドが弧を描き、竜司はロッドをあおり、合わせていた。
「んっ、ちょっと早い」
 小太郎が小さな声でつぶやいた。
ドラグが滑ってスプールが逆転し、ラインが引き出される。ラインは、PE0.8号。
「ようやくヒットしました」
 大きくしなるロッドを右手でしっかり握りながら、竜司が小太郎の方を向いて笑顔を見せる。
 笑って見せたものの、表情が硬く、緊張している。
すぐにクルリと向きを変え、ルアーを咥えたシーバスが泳いでいるであろうあたりに視線を注ぐ。
「あっ!」
 小太郎が小さく声を発した直後だった。
 シーバスが口を大きく開け、頭を激しく振りながら派手にジャンプしたのとほぼ同時だった。ルアーが口元から外れ、空中高く飛んで水面に落ちた。
エラアライ一発。見事にルアーのフックを外され、まんまと逃げられてしまったのだ。
「あーっ、バレた!」
 竜司がタックルを持ったまま両手を広げ、天を仰ぐ。
 そして、小太郎の方を向き、
「やられました」
 と、悔しそうに言った。
「オマエの負けだな」
「はい、まんまとやられました」
「シーバスがエラアライをするのを事前に察知していれば、今のバラシは防げたハズだ。不意にエラアライをされたから、ラインが一瞬弛み、フックが外れてしまったんだな」
「小太郎さんには、エラアライが予測できたってことなんですか」
「当たり前だろう」
「詳しく教えて下さい」
「いいか竜司。魚とのファイト中は、集中力を高めて魚の動きを追いつづけることだ。魚は今、右へ向かっているのか左へ向かっているのか。潜ろうとしているのか浮上しようとしているのか。根の下に逃げ込もうとしていないか。といった具合だ」
「確かに僕は水中のことなど全く考えていませんでした」
「さっき、シーバスがエラアライをする前に、ラインが徐々に浮きあがってきていたことには気づかなかったか」
「えっ。ひょっとすると小太郎さんは、その、ラインの動きを見て、シーバスがエラアライをすると分かったのですか」
「そういうことになるな」
「……」
「まあいいじゃないか。まだまだ時間はたっぷりあるし、シーバスのボイルも相変わらずつづいている。気持ちを切り替えて、早く次をねらった方がいい」
「分かりました」
 鋭い目を取り戻した竜司が、『TDペンシル』をキャストする。
 ラインスラックを取り、ロッドを立ててドッグウォーキングをおこなう。

ここから先は

6,050字

¥ 100

舞台となっているのは、実際の釣り場。釣り場紹介と小説が合体した、新しいジャンルの「釣り小説」です。お楽しみください。