ロイヤルミルクティー3『クリスマス』

 楽屋にはいつもの二人。本を読むセイロンと、ソファーに座るダージリン。おや、今日はいつもと様子が違う。時期が時期だからか、二人ともサンタクロースのコスチュームに身を包んでいる。ワンピースタイプの服装だ。セイロンの頭にはサンタ帽が載っていて、帽子の先がだらんと垂れ下がっていた。

 セイロンは本からちらりと目を上げて、ダージリンの方を見た。彼女はソファーに座って自分の爪を眺めていた。

「ねえ」、めずらしくセイロンの方から声をかけた。

「なあに」と返事をするダージリン。

「あなた、今日くらいその帽子脱いだら?」

 その帽子というのは、ダージリンのチャームポイントである、シルクハットのことだ。確かに、彼女は服装こそサンタらしくしていて、セイロンとおそろいのコスチュームを着ている。しかし、頭にはクリスマスに似つかわしくないシルクハットだ。

 ダージリンは首を振った。

「この帽子はボクの商売道具だからね。これがないとボクが誰だかわからないでしょう?」
「そんなわけないじゃない……」

 ダージリンはじろじろとセイロンの足を眺めた。

「ひゃー、エッチな生足だねぇ」
「あんたもそうでしょ」
「いやいや、セイロンの大人の魅力にはかなわないよ」
「見た目的には、あんたも私も同じでしょう……」
「ていうかさぁ、もう真冬だっていうのに、こんなに丈の短いワンピース着させるとか、ディレクターは何考えているのかな? 頭がおかしいのかな?」
「テレビ的に映えるからじゃない。私も嫌だけど」、セイロンは顔をしかめて言った。「さっきヤマグチくんから聞いたんだけど、衣装は二つあって、もう一つはけっこう露出が少ないやつらしいよ」
「ええ? そうなの? なんでこっちが選ばれたの? ディレクターの頭がおかしかったの?」
「ルフナが、こっちの方がかわいい! ってごり押ししたんだってさ」
 その瞬間、ダージリンは渋い顔になった。
「あの畜生が……」と吐き捨てる。「今から、そっちのマシな衣装には替えられないわけ?」
「もう本番前だし、だめでしょうね」
「一回あのキツネ女を保健所にぶち込んだらどうかな?」
「まあまあ……でもお客さんの受けが良いだろうし、前向きに考えようよ」
「えー。やる気なくなったなぁ」

 そんなとき、ADのヤマグチくんが楽屋に入ってきた。

「おつかれーっす。お、ちゃんと着てくれているみたいっすね。すげー似合ってますよ」
 セイロンとダージリンが、じろりと彼をにらんだ。
「あのさぁ、ヤマグチくん」、ダージリンがどすを利かせた声で言った。
「えっ? あ、はい……」
「ボクら、これでも清純派アイドルとして売っているわけよ」
「清純派?」
「え、なに?」
「いやっ! なんでもないっす……」
「そんなボクらがさぁ、こんな破廉恥なかっこうして、コンセプトは崩れないわけ? そこは大丈夫なの?」
「えーと、うーん……ディレクターからは了承を得てますけど……」
「ルフナがごり押ししたんでしょう」とセイロンが追い打ちをかけた。
「はあ、まあそうっす……」
「もうちょっとさぁ、ボクらのイメージの維持を考えてくれてもいいんじゃない? 今の時代、イメージ戦略がアイドルの生命を左右するんだから」
「はあ……あ、じゃあ替えます?」
「え?」、ダージリンとセイロンは声を揃えて聞き返した。
「もう一着のやつ、用意はしてあるんすよ。こんなときのために。今からでも変更できますよ?」
「マジ?」、セイロンが凄みを利かせて言った。
「マジっす」
「えー、じゃあそれにしようよセイロン!」
 ヤマグチくんは言った。「いや、でもルフナさんがこっちが良いって――」
「いいんだよ、ヤマグチくん。私がルフナに言っておくから」、セイロンの声には相変わらず勢いがある。
「早く持ってきて! ほらほら!」
 ヤマグチくんは急かす声に押され、楽屋から衣裳部屋にダッシュしていった。

 五分後。
「はあ、はあ、持ってきたっす……これっす」
 二人はヤマグチくんから衣裳をひったくった。
「何これ?」、眉をひそめるセイロン。
「死ぬほどダサいね」とダージリン。「どんな錬金術を使ったの?」
「いや、れっきとした衣装っすよこれ……」
「これ着るくらいなら、この破廉恥コスのほうがいいわね」
「うん。そうじゃないとボクらのイメージが崩れちゃう」
「いやいや、清純派で売るなら露出の少ないこっちの方が――」
 彼が言い切る前に、セイロンとダージリンはもらったばかりの衣装をヤマグチくんに押し付けた。
「これいらない! 返してきて!」
「いやいやいや。せめて一回着てみましょうよ。案外似合うかも」
「絶対似合わないよ。似合ったら私たちの敗北だよ」
「ボクらアイドルとしての地位を揺らがせることになるよ」
 ヤマグチくんは、両腕に衣装を抱えたまま、とぼとぼと楽屋を出て言った。

「いやぁ、あれはひどかったねぇ」
 ダージリンはどっかりとソファーに座り込んだ。
「あれ着るくらいならこっちの方がましだよね」、セイロンは苦笑いしている。
「たまにはさぁ、あのキツネ女の言うことも正しいときがあるんだね」
 セイロンはくすりと笑った。「そんなに嫌いなの? ルフナのこと」
「嫌いだよ! 人格に問題がある」
「まあまあ……」

 楽屋のドアがどん! と開いた。入ってきたのはルフナだった。彼女はすでにサンタコスチュームに身を包み、帽子までかぶっている。
「ねえ!」、ルフナは興奮した様子で言った。「外で雪降ってるよ!」
「嘘!?」とセイロン。
「本当っ?」、こっちはダージリン。
「初雪だよ! 写真撮ろうよ!」
 三人の少女たちは慌ただしく楽屋を出て行った。確かに、外では雪が降っていた。ぱらぱらと粉雪が舞っている。周りのイルミネーションも相まって、ずいぶん綺麗な光景だった。
 三人はルフナのスマートフォンで写真を撮った。自撮りである。うまい具合に彼女たちの衣装が風景と合っていて、良い感じだった。この写真を見る限り、三人はとても仲良しだった。とてもダージリンとルフナの仲が悪いなんて思えなかった。

 後日、その写真はルフナのインスタグラムに挙げられた。写真には彼女とセイロンしか映っておらず、ダージリンは肩しか見えていなかった。ダージリンは一層、ルフナのことが嫌いになった。

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