リアルファイトクラブ②-④
再会
母親からもらった10万を握りしめて、まず向かった先はあの調布のボロアパートだった。
留置場から解放されたからといって、不思議と祝杯を上げたいなんて気分にはならなかった。
電車に揺られながら、吊り革を握ってるサラリーマンの姿や、移り変わる外の風景を眺めているだけで胸がいっぱいになった。
両手を自由に動かせる。それだけで充分だった。
よく刑務所を出た人間がフワフワしてる感覚になる。って言うのは、馬鹿にしていた平凡な日々に感動させられてしまうからだ。
俺はそのせいで、気づいたら奥歯を強く噛み締めていた。
この景色も数日後には、また当たり前になって何も感じなくなるんだ。俺はこの瞬間が今までで1番幸せで悔しい気がした。
人生はドラマよりドラマチックなんて話は、耳にタコが出来るくらい聞いたことがあるけど、この時初めて俺は、人生の主人公になれた。
「人生はドラマチックだ」
説得力が違う。今までと言葉の重みが違う。
話を戻そう。
俺が4ヶ月間留置場に勾留されてる間、このボロアパートを守ってくれていたのはレイモンドだった。
レイモンドは俺が逮捕されたとき、事情聴取をされたらしいが逮捕されることはなかった。もちろん俺も警察にレイモンドの事を謳ったりはしなかった。
「待ってました」
玄関のドアを開けると、俺の帰りを待っていたレイモンドは声を震わせながらそう言った。
「よく待っていてくれたな」
俺が右手を差し出すと、それを無視してレイモンドは抱き締めてきた。以前の俺なら確実にレイモンドをぶん殴っていただろう。
けれど留置場で優しい心を取り戻した俺は、渋々レイモンドの抱擁に付き合うことにした。レイモンドの脂ぎった頬には、一滴の涙が伝っていた。
「話があるんだ」
話したくてどうしようもなかった留置場の話だ。感動の再会の余韻にもう少し浸りたかったが、俺にはやらなければいけない事がある。
部屋の机に散らばったエリミンやマイスリーの錠剤をおもむろに手にとって口に放り込んだ。空きっ腹でいったせいか、10分後には違う世界にトリップしていた。4ヶ月押さえつけられた自由への反動が、俺をどこか違う世界に飛ばしてくれたのかもしれない。
「酒だレイモンド!酒を飲みに行くぞ!!!」
これが本当の帰還。ただいま。道を開けろ。肩で風を切れ。そう言わんばかりに、玄関の扉を蹴って外へ飛び出した。俺を止められる奴はこの世で誰1人としていない。
「タイラーさんが帰って来た」
レイモンドはそう言って、再び顔をくしゃくしゃにしながら泣き始めた。
「今日は僕がご馳走します」
俺達は、廃れた調布のキャバクラへ足早に向かった。
「娑婆は最高だ!!!」
その日の夜、覚えたての裏社会用語を俺は叫び続けた。そして、目を爛々とさせながらレイモンドに次の計画を朝まで話続けた。
人生なんか退屈で無意味なもんだろ。産まれたときは希望に溢れているけど、そんなもの生きていればだんだんと薄れていく。誰もがいつか死ぬってことに気づいて、人生を考え始める。答えなんて見つからないのに。
これが本当の歌って踊るだけのこの世のクズ。
お会計は35万円。廃れたキャバクラは大喜び。みんなハッピーだ。
「人生を良くしたいなら、苦しみを幸せで塗り潰して行くしかないんだ」
俺はそう思う。
帰り道。しつこく絡んできた客引きと揉め事を起こして。再び俺の前にファッキンポリスが現れたのは言うまでもない。
こんなのはよくある話さ。
この世のクズだ。
(つづく)
私の格闘技活動と娘のミルクに使いたいです。