リアルファイトクラブ②-⑦
悪魔の刺青
西新宿に彫り師のマンションがある、とタイラーは言った。僕がタイラーの指示でGoogleマップに住所を入れた。画面には目的地まで徒歩25分と表示されている。
(およそ300メートル先を右です)
彫り師のマンションに向かう道中、タイラーとついでに刺青でも入れるかという話題で盛り上がった。
「なぁ、レイモンド。刺青を入れるなら何を入れたい?俺はマイクタイソンと同じ奴を顔に入れたい」
『僕は、ギャンブルの神様を入れたい』
「は?なんだそれ。お前ギャンブルなんてやるのか?」
『ギャンブル何でもやります。最近はやってないですけど』
「じゃ彫り師から金を取り返したら、少し貰って賭けるか?そんくらいやったって罰は当たらないだろう」
タイラーと歩いていると、すれ違う人がみんな僕達を避け通っているようだった。タイラーの左手には瓶ビールがあって、右手には煙草。その隣にはおまけで僕。信号の向かい側に美女が現れると、タイラーは熱い視線を送る。あいつらの俺達を見下した瞳が好きなんだとタイラーは言った。
(まもなく斜め左方向です)
ビルが林立する近辺から、大通りを挟んで細い路地に入っていくと、一気に古い住宅が立ち並ぶエリアが一目で分かった。周りには、昔からそこに住んでいる老人や家族連れの家、空き家なのか人がいるのかすらよく分からないような家、彫り師のマンションも含めてかなり古い建物があった。
(目的地周辺です。お疲れ様でした。)
目的地のマンションに着くと階段で二階まで駆け上がった。タイラーが目的地である彫り師のマンション203号室のドアに差し掛かると、挨拶代わりの後ろ回し蹴りをドアにお見舞いした。ガンッと響いたその衝撃音は、間違いなく近隣住民に届いていたし、僕には彫り師vsタイラーの戦いの火蓋が切って落とされたゴングの音にしか聞こえなかった。
「出てこいよ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!」
タイラーは203号室のドアを何度も蹴った。タイラーの怒声と衝撃音が、当たり一面の空気を震えさせていたが、近隣住民に全く反応がないのは不幸中の幸い。ここは新宿。それが当たり前なのかも知れない。
僕もタイラーに続けと、体当たりをぶちかまそうとドアめがけてぶつかって行った矢先、タイラーがいきなりドアを開けた。
「なんだ開いてたのかよ」
ドアが開く。体当たりが空振る。玄関の段差でつまずく。派手に転倒。身体の痛みのあとすぐに襲ってくる異臭。部屋の奥から漂う異臭に、僕もタイラーも一瞬、目が眩んだ。
部屋の異臭に狼狽えながら、腕で鼻を覆いながら、リビングまで進むと、そこには上半身裸の男がキッチンの隣で不自然に横たわっている。身体中に悪魔と思われる刺青が彫られていた。恐らくこいつが彫り師だった。ただ問題なのは、彫り師が息をしていないという事だ。
『この人死んでますよ』
「みりゃ分かるよ、面倒な展開になったな」
『どうするんですか?警察呼びましょうよ』
「呼びたいのは山々だが、無理だ。たった今机の上にあるコカインを吸ったばかりだ。こいつはかなり上物だぜ」
タイラーはそういって再びコカインをスプーンですくって鼻から吸い始めた。腐敗臭のする部屋とコカインとタイラーと僕。僕は息が苦しくなって、思わずベランダの窓を開けた。外から新鮮な空気が部屋に流れ込んできた。少し気が抜けたせいで僕はひどい吐き気に襲われてベランダで吐いた。そのあとタイラーも吐いた。吐いた汚物がベランダに飛び散って、それを見てまた僕は吐いた。タイラーはコカインが効きすぎて唾が飲み込めないと言っている。
この世の終わりのような状況で、ベランダにはタイラーと僕の吐いた汚物が飛び散ってアートのようになっている。新宿の乾いた風が、汚物の水分を奪い取り、汚物が固まっていく。彫り師の刺青の悪魔よりも、こっちの方が悪魔に近いものを感じたのはきっとタイラーも同じだ。
僕達はリアルファイトクラブ結成以来、最大のピンチを迎えてしまった。
この世のクズだ。
私の格闘技活動と娘のミルクに使いたいです。