リアルファイトクラブ②-⑧
さよならファイトクラブ
警察の取り調べが終わって警察署を出ると、辺りは暗闇だった。暗闇というのは正しい表現じゃないかもしれない、ここは眠らない街、新宿だからだ。
時刻は20時を回ろうとしていた。何度も繰り返される質問のせいで、僕は心底疲れきっていた。
僕は善良なる死体の第一発見者にも関わらず、警察の取り調べは容赦なかった。あたかも僕が刺青だらけの男を殺したかのように問い詰めてくる。お陰で僕の純心なる心はズタズタに引き裂かれ、みるみるうちに反骨精神の塊となり、完全黙秘という沈黙の反逆者と化した。
僕の顔は増悪。人を殺す顔。憎っくきバビロン。
「僕はジャックの荒れ狂う魂です」
僕は1人で取り調べを受けた。タイラーの指示で押したくもないダイヤル110番をプッシュして、憎い警察を呼び出し、サイレンが聞こえたところでタイラーがいないことに気づいた。
「僕はジャックの孤独です」
僕が本当に怒りをぶつけたいのは、警察ではなくてタイラーだ。タイラーはなぜ僕を置いていったのか、コカインを吸っていたからか、それにしても僕が取り調べが終わるまで警察署前で待機してくれるぐらいの優しさはないのか。
「クソ、タイラー!クソ、警察!クソ、ぼくの人生!」
この後、僕は半分諦めならが新宿駅西口の人混みの中でタイラーに電話した。たぶん電話からは着信拒否された通知音だけが、虚しく鳴っていたと思うんだけど、周りの賑やかな騒音でよく分からなかった。
僕は初めてタイラーに会った日のことを思い出していた。コンビニでやりたい放題万引きするタイラーに僕が声を掛けると、タイラーは「お前の人生このままでいいのか?」と言った。お陰で嫌いだった自分のことが好きになれた、けど分かった、僕はタイラーにはなれない。臆病でこの社会の邪魔にならないように生きていく方がいい。
タイラーは言う、「俺達は特別で選ばれた戦士だ」
僕は特別なんかじゃない。
僕は力尽きるように地面に大の字になって、夜空に手を伸ばした。
「さよならタイラー」
*
あれから1年が経った。
僕は今、病院のベッドの上だ。
僕はこの1年ですべてを失った。タイラーとの思い出のつまったアパート、オーナーだったフランチャイズのコンビニ、預金残高260万、そしてタイラーも。
タイラーを失って僕は孤独になった。孤独と沈黙の世界で僕は静脈に針を打ち続けた。願いはひとつだけだった。
「どうか1人にしないで下さい、僕を捕まえて下さい」
やがて、資金は底をついて僕は狂った。実質的には死んだも同じだった。気がつけばここにいて、気がつけば息をしている。この世で誰からも必要とされないこの世のクズだ。
ここは精神病の患者だらけの病棟。右を見ても左を見ても魂のない人間ばかりだ。
「今日は天気がいいですよ」
看護婦さんがそう言った。
中庭のベンチで陽に当たって、他の患者達と話しても僕の人生に光が差すのことはない。話す相手は精神が病におかされている人達だ。環境は最悪だった。
中庭に出ると15人くらいの患者と、白衣の天使達がいた。ここはおそらくあの世に最も近い、いこいの広場だった。
中央に庭木が立っているすぐ横のベンチで、患者とは雰囲気が異なる、派手な柄シャツを着た男が患者と話をしている。万札を何枚か取り出して患者に渡した。
僕はその柄シャツの男がタイラーだったとは、このときまだ気づけないでいた。
この世のクズだ。
第2章完
私の格闘技活動と娘のミルクに使いたいです。