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社会不適合者と弁護士とサラリーマンのあのバック。


俺は社会不適合者だと思っている。立派な社会不適合者だと思う。

今は社会適合者として生きていく為に、毎日必死に社会にしがみついている。

そんな俺でも社会適合者のみんなに自慢できることが1つだけある。それは一度だけ弁護士事務所の面接受けたことがある。もちろん弁護士としてではないけど、パラリーガルというアシスタントの仕事の面接だった。その時の応募資格は次の通りだった。

・4年大学の法学部卒業の者で法律業務に従事し、3年以上経験がある者。

もちろん社会不適合者の俺に、そんな輝かしい学歴も職業経験もない。

あるのは体力と反骨精神と犯罪歴に、

そして、根拠のない自信だ。

根拠のない自信でチャンスだけな、チャンスだけ、掴んだ社会不適合者の話です。

犯罪歴があるような奴で弁護士事務所の面接を受けたのは、日本で俺だけじゃないか?(自慢)

・ハローワーク

狂喜の27歳。格闘技の世界から抜けて、一度だけ働いてみたけど、うまくいかなかった。うまくいかなかったというか、パクられた。パクられて自主退職せざるを得なかった。

その後、休業補償が貰えるという理由だけでハローワークに通ってみた。その時に弁護士事務所で面接を受けた。

弁護士事務所で面接を受けるまでは、ハローワークにあるパソコンで仕事を探していたけど、全然やりたいと感じるものがなかった。いや、働きたいと思っていなかった。

ある日、俺と同じ就職活動をしてる人が、窓口で女性の職員さんと話をしている事に気づいた。耳を傾けると、どうやら就職活動の相談をしているみたいだった。

それまでパソコンばかりイジっていたせいで、そんなシステムがあることに気づかなかった。早速俺も職員の人に相談する事にした。

対応してくれたのはキレイな女性の職員さんだった。正確に言うとわざとそこに座った。

条件や希望する収入などを聞かれたけど、資格も何もない俺はとりあえず収入が高くなくてもいいから「新しい事をやってみたい」と職員の人に伝えた。とにかく刺激に飢えていた。

「パソコンは使えますか?」

「ワード、エクセルくらいなら」

そこで職員さんがいくつかの企業の募集要項が載っている紙を何枚かくれた。その中に弁護士事務所の名前があった。

「あっこれダメですね、間違えました」

と職員さんは言ったけれど、俺は真剣な眼差しで

「ここがいいです」

と言った。

職員さんは困惑していたけど俺はその頃、海外ドラマSUITSを見ていて、弁護士事務所で働く華やかな世界を目の当たりにしていた。現実は違うと分かっていても、どうしても手を伸ばしたくなる華やかな世界。よしここだ決めた。

職員は応募資格がないことをすごく気にしていたけど、俺は「関係ないっす! 」とか「自分で勝負しますから!!」とか言って納得させた。その気になった職員さんはやる気になって、弁護士事務所に電話をかけ始めた。

断られそうな様子がありながらも、俺が伝えたいことを代弁してくれて本当に面接する事になった。応募資格すらない俺の面接が決まった時は、職員さんも大喜びだった。

今思い出しても、普通にありえないと思う。

・身支度

面接日当日、色々な問題に気づいた。

まずスーツは持っていたから問題ない。ネクタイ、ワイシャツもある。けど、スーツの上から羽織るトレンチコートなんて持っていない。冬なのにスーツだけは寒い。風邪を引くのは嫌だったから、仕方なくストリートブランドBack Channelの迷彩柄のアウターを着て行く事にした。

次に時計がないことに気づいた。スーツに合わせるSEIKOとかの類いの時計がない。俺が持っているのは、六本木の黒人から借りパクした金のROLEXだけだ。しかも偽物だ。だけど社会人になるのに時計をしていないなんて、馬鹿にされるんじゃないかと思って仕方なく左手首にはめた。

次にバックがないことに気づいた。スーツ姿のサラリーマンが持ってるあのバックだよ。あのバックがない。俺が持っているのは、またBack Channelのリュックだ。Back Channelのバカ。今回はかろうじて無地の黒。セーフ。そこに履歴書を入れた。

最後にメガネだ。俺は何故か金縁のメガネだった。なんで金なんだ。金縁のメガネに金の偽物ROLEXをして、髪型は七三でスーツの上から迷彩柄のアウターを羽織ってリュックを背負って、耳はカリフラワーだし、統一感ゼロじゃないか。イカツイじゃねえか。闇金みたいじゃないか。

これで弁護士事務所の面接を受けるのかと思うと不安でしかたなかった。落ちるのはいい。だけど、門前払いで自分が傷つくのが嫌だ。心はデリケートなんだ。

朝の通勤ラッシュに紛れて電車に向かった。目的地は虎ノ門。同じスーツ姿のサラリーマンが何人もいる電車内で、俺は1人浮いているような気がしてならなかった。みんなシルバーの時計をしてるし、トレンチコートも着てる。あのバックもみんな持ってる。あのバック。

こんなに普通が羨ましいなんて普段思わなかったけど、その時は羨ましいと思った。車内にアナウンスが流れて、しばらくして虎ノ門に着いた。

虎ノ門に来たのはその時が初めてだった。早く着いてしまったので、近くのRoyal Hostで時間を潰すことにした。

Royal Hostは金のない俺には優しくなかった。腹もそんなに減ってなかったから、フライドポテトだけ注文した。向かいのテーブルで小綺麗なおば様達が、世間話に花を咲かせているのを見て虎ノ門だと思った。

前門の虎。

そして、遂に面接の時間が迫ってきた。Royal Hostを出て弁護士事務所のあるビルに向かった。足取りは重くて、引きずりながら歩いているような感覚だった。

普通に考えてやっぱり間違ったと思った。

後門の狼。

・面接

弁護士事務所があるビルに着いた。エレベーターで3階まで上がってインターホンを押した。インターホンに答えてくれたのは男の人だった。

「面接に来ましたー」

すぐにドアが開いた。事務所で働く男の子だった。

「お待ちしてましたよ」

たぶん年下だろうと思われるその男の子の物腰柔らかな対応に、俺の不安が一気に吹き飛んだ。

「俺は受け入れられている」そう思った。

品性の塊のような青年だった。その青年の姿に我の身なりを忘れて、俺は感動した。

しばらくして事務員らしい女性の人が現れた。その人も物腰柔らかで優しかった。一緒にエレベーターに乗って上の階に行った。扉が開くとそこには、ちょっとこじゃれたラウンジみたいなスペースがあった。

「先生がもうすぐ来るので待っていて下さいね」

そう言って女性は消えていった。

しばらくして、先生が現れた。

「待たせて悪かったね」

先生はそう言ってソファーとテーブルがある席に案内してくれた。さっきの事務員の女性も同席した。

先生はがっちりした体型をしていて、身長も180センチぐらいの大きな人だった。もしかしたら、大きく見えていたのかもしれない。法を重んじる清く正しい人に感じた。第一線で弁護士をやっている人はやっぱりオーラがあった。何度も言うが、俺は法を軽んじる社会不適合者だ。なんでここにいるんだ。

俺は薄っぺらい中身の履歴書を先生に出した。先生はその薄っぺらい履歴書を真剣な眼差しで見つめていた。

「この高校は普通科だったのかな?」

「ふふふふふ普通科です」

緊張していた。名前を書けば受かるようなろくでなしの高校とは言わなかった。なんだか申し訳ない気持ちになって先生に、こんなことを言った。

「先生、俺みたいな人を面接してくれてありがとうございます」

すると先生は、

「いいんだよ、面白いと思ったし。だけど、面接するって決めたから真剣にやるからね。だから君も真剣に聞いてね」と言った。

それから先生はパラリーガルの仕事内容の説明を真剣に話してくれた。先生の「これはできそう?」という質問に対して、できないものにはできないと答えた。正確に言うと殆んど出来なかった。ただ1つだけ出来そうなものがあった。

「うちの事務所はね、闇金相手に電話する事が良くあるんだけど、それなら君もできそうだよね」

この質問に対しては「できそうです」と答えた。たぶん、金縁眼鏡がギラっと輝いた気がした。金色を身につけてきて、初めて良かったと思えた。

面接は終止穏やかな雰囲気で終わった。少し冗談も交えながら3人で笑って話す事ができた。

「合否はまた連絡するよ」

そう言って面接が終わった。事務所の外まで事務員の女性が俺を見送ってくれた。

「頑張って下さい」

何か込み上げるものを押し殺して、一礼をして事務所をあとにした。

面接が終わった安堵と達成感に浸りながら駅に向かった。虎ノ門ですれ違う人達は目的地に向かってせかせか歩いているようだった。俺の目的地はまだ決まってなかったけど、向かう先は他の誰よりも自由だったような気がした。

・最後に

もちろん、弁護士事務所で働くことは出来なかった。それは俺が何も努力してなかったからにすぎない。だけどチャンスは自分で作れたかなと思っている。

もしも何かをやりたいと思ったとき、色々な現実問題があると思うけど、全部無視してやった方がいいと思う。そうすれば必ず道は開けると俺は信じてる。人間その気になればなんだってできるだろ。

「たかだか学歴ガタガタ抜かすな」(言いたいだけ)


この企画に参加できたことを光栄に思います。読んでくれた方、ありがとうございました。

私の格闘技活動と娘のミルクに使いたいです。