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01号 自然体で生きるためのメソッド(5)

イタリアと日本でのトマティスとの出会い

木村 満壽美(※1)


イタリアで出会う

 私がトマティスメソッドに出会ったのは、イタリアに留学して九年目、当時通っていた声楽のレッスンの先生の勧めによるものでした。先生は常々、「歌は大声を出して歌うものでなく、耳で聴いて歌うものだ」とおっしゃっていました。
 ある日のこと、「私がいつも言っていることが書いてある本を見つけました」とおっしゃって見せて下さったのが、アルフレッド・トマティス著『耳と声』でした。先生は「ほらっ」と言って本を開き、「拷問にさらされた楽器」と書かれた箇所を示し「大声で歌うと、聴いていないだけでなく、自分自身を傷つけていることに気が付かないのです」と言われました。そして、今ひとつ声による表現が自由にならないもどかしさを感じていた私に、ローマにあるトマティスセンターにトレーニングに行くことを勧めてくださいました。その先生の生徒のトマティストレーニング受講生第一号でした。
 ローマのセンターは産婦人科の女医さんが個人で開いている研究所です。トレーニング(※2)内容は、毎日2時間大きなテーブルにおかれた1台のテープレコーダー(※3)から分かれているヘッドフォンを耳につけて聞こえてくる音楽(モーツアルトの音楽とグレゴリオ聖歌)を聞くだけというものです。同じテーブルには、聴覚障害がある6歳くらいの少女とそのおかあさん、二十代の自閉的な青年、妊婦さんがいました。トレーニング中は言葉を交わすことと文字を書くことは禁じられています。しかし絵を描いたり、パズルをしたり、もちろん眠ることも自由です。

声が変わった驚き

 トレーニング中はセッションの区切りごとに、その時の心理状態を語るカウンセリングが設けられていましたが、トレーナーに心の葛藤を拙い語学力で伝えるのは大変でした。特にトレーナーは声楽の先生と友人でしたので、先生の厳しいレッスンに対する不満が出てきた時は言うに言えず、本当に苦しみました。
 一定期間のトレーニングを終え、声楽のレッスンを再開した時、先生や他のレッスン生に「Masumiの声は変わったね」(※4)と言われました。私にとって辛い状況であったにもかかわらず声が変わった、という事実に私自身が驚きました。

日本での出会い

 その後間もなく、リサイタルのため一時帰国をすることになった私は、東京でもトマティストレーニングを受けることになりました。そこでトマティス音楽カウンセラーとして出会ったのが、日原美智子氏です。背筋がピンとして、瞳に輝きのある凛とした方という印象でした。間もなく同じ大学の先輩であることがわかり驚きました。
 そこで学んだものは、ハミング(※5)をして自分自身で自分の響きを「聴く」ことです。なるべく小さい音量で、鼻でなく、喉でなく、背骨を振動させることで生まれた響き(ハミング)を「聴く」のです。これができた瞬間、身体が緩んで、それによって息が深く吸えるようになり、そこで初めて、今までいかに力んで声を出していたかを、身をもって実感することができました。
 そのハミングができたとき、イタリアの声楽の先生が常々私のほおを叩き、「あなたの声の出し方は、私が今叩いたよりもあなたの身体を傷つけているのですよ」とおっしゃっていたのを思い出しました。
 このハミングが、私自身の演奏活動と大学での後進の指導の出発点となりました。

(※1)木村満壽美
大学音楽学部准教授。トマティスメソッドカウンセラー資格取得。
(※2)トレーニング
トマティス聴覚トレーニングのこと。博士が考案したトレーニング機器「電子耳」と骨導付きヘッドホンを用いて、「聴き方」を調整していく。語学コース、音楽コース、リラクセーションコースの他、障害のある方の聴覚ケアコース等がある。
(※3)テープレコーダー
トレーニング機器「電子耳」のこと。
(※4)声が変わった
この時点ではまだ発声のトレーニングには入っていないのだが、耳が調整されたこと、つまり受信の状況が変わったことにより、声に変化が現れた。トマティスの3法則の一つ「聴き取りが変われば発声が変わる」の具体例である。
(※5)ハミング
CAVの基本がこの「ハミング」。一般の鼻腔共鳴のハミングとは異なり、声帯の振動が直接背骨に伝わることで生じる最小の響き。自他共に聞きやすい声とは、この響きが伴なっている声であり、CAVはこれを認識することから始まる。身体に力が入っていると、柔らかいハミングにはならない。つまり、自分の身体を優しく使うことがCAVの大事な要素なのである。以下当冊子で、「ハミング」という用語は、このCAVで行うハミングのことを指す。

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