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050528

朝から憂鬱で泣いている。
話してごらんと言われて洗いざらい話す。かんてんぱぱで買ったかんてんスープ(かんてんの麺が入っているやつ)をすする。麺に味がからまなくてそれがおいしい。夫みたいな麺だ。味がからまなくて淡白だがそれが良さだ。家を建てる場所を探しに出かけようと思う。いわゆるニュータウンに建ててもいいかなと思う。ニュータウンは大抵高台にある。誰も住まなかった不毛の地をニュータウンと銘打って売り出そうというわけだから。『未来ヶ丘』とか『きぼう町』みたいな名称の土地は、かつては『地獄谷』『邪悪山』みたいな禁忌地っぽい名前であったりするらしい。土砂崩れの危険があったりするのを昔の人は土地の名前で分かるようにしておいたとか。

それでまあ、そんなわけでドライブがてら、ニュータウンへ行く。なかなか流行っているカフェに寄る。ヨーロッパふうの外観の家にBMWやベンツが停まっている。ニュータウンというのはとかく高台にある。国立大学は大抵高台にある。多分土地が安いから。そしてまわりには先生たちが住む。国立公園もある。自然があって土地が安いから。境界はいつも私をドキドキさせる。マッキントッシュフィロソフィーの紙袋に文庫本を5冊持ってきた。カフェのソファに座って夏物語の黄色の表紙を撫でるといい気分。食後のコーヒーを飲み飲み、本を読み読み。憂鬱はちょっとわきにおいておく。夫は優しい。夫は素晴らしい人間で、どこまでも優しく、そしてどんなに邪悪な私でも健気で善きものとして扱ってくれる。自分はまだ無垢な子どものように錯覚する。コーヒーを飲む。名前も知らない草花が窓の外で揺れる。コーヒーを飲む。夫に断ってこの日記を書いている。私が忘れたくないのはこの数時間の心の動きであり、断片的な思考であり、マジカルバナナ的にうつり変わる自分の関心ごとであり、憧れる人たちのことであり、その人たちをかたちづくったものごとたちのことであり、そしてニュータウンに住んでいる人たちのことである。

私もいつかここに家を建てるのかもしれない。もう30年もニュータウンと呼ばれているこの街に。コーヒーを飲む。

ところでタイトルはまさに日付のことである。20230528とする人もまあ最近は多いが、私はあくまで和暦を使いたいと思っている。なぜだか分からないけれど、そうしたいと思っている。

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