「NICE FLIGHT!」を楽しむ

テレビ朝日の金曜ナイトドラマ『NICE FLIGHT!』(2022.7.22-9.9)(全8話)(脚本:衛藤凛、演出:宝来忠昭、木内健人)はとても素敵なドラマでした。見返してみたら気づいたり思ったりしたことがいくつかあるので、書いてみます。

金曜ナイトドラマ『NICE FLIGHT!』(テレビ朝日)

移行訓練

粋「かっけえ!」
酒木「ナナハチ?」
粋「乗ってみたいなあ・・・。」(第1話)
 主人公のパイロット倉田粋(くらた・すい、演:玉森裕太)が、搭乗しているボーイングB767からボーイングB787(ナナハチ)を見た時に、友人の整備士の酒木ジェームスに言ったセリフです。しかし、粋はB787は操縦できない。
粋「振替便、僕らが操縦できない機材でしたね」
喜多見「パイロットの免許は1つの機材のみ。これ鉄則だし」
粋「安全のためですから」(第2話)
 これは、B767の機長である喜多見と、同乗の副操縦士である粋との青森空港での会話です。ドラマ後半でも同様のやり取りがあります。
真夢「パイロットって一人一機種しか操縦できないんですよね。操作ミスを防ぐ安全上」
粋「そう。世界中を飛び回るには再訓練を受けて免許取り直すんだけど俺はまだまだ・・・」(第6話)
 こうしてドラマ後半の第6,7,8話では、粋が同期のパイロットと共にB767からB787への移行訓練を受ける様子が描写されます。

身体検査


「本当はパイロットになりたかったんだ。でも入社試験の身体検査が不合格で夢を諦めた。」(第3話)
 今は航空管制官となっている夏目のセリフですが、パイロットは入社後も定期的な身体検査をクリアし続けなければなりません。
岡島「今回は身体検査が・・・。俺、最近ロングフライトが増えてて生活リズム不規則なんだ・・・」(第2話)
西田「俺はさ、それより身体検査がやばいよ」(第5話)
 いずれも粋と同期のパイロットのセリフです。
粋「実は航空身体検査が近いんです」
真夢「すごく厳しいって聞いた事あります」
粋「命を預かって飛ぶわけだから当然なんだけど、一つでも審査に引っかかると即乗務停止。だから外食より自炊のほうが助かるんですよね」(第6話)
西田「お前らそんな食って大丈夫?あした身体検査だよ?」「毎日訓練だ勉強だ、体調管理を徹底しても、たった一つ検査で不適合があれば即乗務停止だよ?」
天野「それで移行訓練からも脱落だもんな」(第7話)
 こうして第7話では身体検査シーンが描かれ、粋たちはクリアします。一方機長の喜多見は視力検査で引っかかり、
村井「喜多見はどうなんだ?再検査の結果」
喜多見「うん・・・やっぱり片目の屈折度がわずかに基準値外でね。日常生活に支障はないんだけど、パイロットの基準は厳しいから」「手術にしても治療にしても、復帰まで時間かかるみたい」(第8話)
と、パイロットをやめるかどうかの決断を迫られてしまいます。

旅客機運行に関わる人々


 初めて乗る飛行機に不安を覚える中学の修学旅行生に対して、粋が説明するシーンがあります(第1話)。セリフでは
「例えば君のその手荷物一つ飛行機に積むだけでも、そのためにたくさんの人が関わってるんだ。人命ともなればなおさら。パイロットやCA、飛行機を整備する人、安全な飛行ルートを考える人や安心して出発できるよう準備をしてくれる人、それから飛び立ったあとも空の安全を守ってくれてる人たちがいる」
という約55秒の場面ですが、34カットほども使っています(21:39-22:34、多くのカットは実際の業務映像のようです)。空港の会議室のようなところで粋の話を聞いただけの中学生が納得できたかどうかはわかりませんが、旅客機の出発・運行に必要な様々なプロセスとそこに様々な職種の人々が関わっていることをなんとか視聴者に伝えたい、というスタッフの意思はひしひしと感じられます。「貨物室内荷物配置図」のディスプレイ画面や、機内から見た貨物の積みこみ作業などあまり見ることのない映像も使われていました。

世界一安全な乗り物


 移行訓練も厳しい身体検査も、どちらも絵的にワクワクするようなものではありませんが、パイロットはこれらを裏でこなすことで飛行機を飛ばしているのだと、どうしても伝えたかったのだと思います。そして、パイロットだけでなく他の関連職種の人々も様々な安全基準に従った業務を行うことにより「大丈夫。飛行機は世界一安全な乗り物だから」(第1話)と、粋は断言したのです。

ヒロインは航空管制官


「JAPAN AIR 106 traffic vacating, runway 22, cleared to land, wind 160 at 18」
 ヒロインの渋谷真夢(しぶや・まゆ、演:中村アン)の第1話最初のセリフです。
 真夢は羽田タワー勤務の航空管制官なので、英語(時々は日本語)で離着陸する飛行機に指示する管制業務が描かれてゆきます。この後も真夢が離着陸機に指示を行う場面が描かれ、第1話だけでも数えると合わせて12機に対して管制する場面が描かれます。さらにコックピットやオペレーションルームの中で声だけが流れる場面や真夢以外の管制官による場面も加わります。
 テレビ朝日の神田エミイ亜希子プロデューサーは、インタビューで「いつかドラマの中でかっこいい管制官を描きたい」と思っていたと述べています。(『Grasp』Vol.37-A-前編)

『Grasp』(国土交通省)インタビュー(トリ・アングル)

「まずはモニターをチェックしてください」(第3話)
 初管制に臨む訓練生の河原に対して、真夢がかけた言葉です。
 飛行機1機に対して複数のモニターと飛行機・滑走路を交互に見ながら管制をするので、管制官の視線は常に動いています。特に真夢は眼が大きいのでそれがよくわかるのですが、宝来忠昭監督はインタビューで、実際の管制官の視線の動きと大きくは違わないように意識したことを述べています。(『Grasp』Vol.37-B-後編)

『Grasp』(国土交通省)インタビュー(トリ・アングル)

 こうして「航空管制官としてのヒロイン」がとても魅力的に描かれているドラマが誕生しました。もちろん演じている中村アンの演技、声、表情も素敵です。(ちょっとだけ残念なのは、タイトルバックの渋谷真夢の画像が、管制中のメガネをかけた姿でないこと、くらいでしようか)

除雪隊


「正直、この仕事するまで除雪隊って存在も知らなかったんです。花巻や、秋田の雪戦隊も。」(第2話)
粋が急に青森ステイとなって、伝説のホワイトインパルス(青森空港の除雪隊)隊員の家を訪問した際の言葉です。雪の新千歳空港で管制官が滑走路を閉鎖して除雪隊を稼働させるかどうかの判断を迫られる(NHKテレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」の第259回 「“雪と闘うプロ”スペシャル」2015.4.6放送)といった場面はありませんでしたが、除雪隊員の多くは農閑期の近隣農家であることや作業中の動画などが紹介されました。なお、新千歳空港の管制業務は国土交通省ではなく航空自衛隊が行っているので、真夢が新千歳に異動することはありません。
 除雪隊で私が思い出したのは、新潟県出身の神林長平が書いたSF『戦闘妖精・雪風』(1984)に収録の「フェアリイ・冬」というエピソードです。でも滑走路の除雪作業が出てくる以外は「NICE FLIGHT!」とは1ノットの関係もありません。

青森空港除雪隊ホワイトインパルス

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

空港清掃員


 ストーリーにからむ人物として空港清掃員の榛名修子(はるな・しゅうこ)が第2話から登場します。清掃も空港を支える業務の一部ではありますが、空港特有の仕事というわけではないにもかかわらずあえて登場させたのは、羽田空港にかつていた新津春子氏を意識したのだと思われます。新津氏は、NHKテレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」で3回(2015年2月、6月、2019年)取りあげられたカリスマ清掃員です。「この竹ベラを使うとキズをつけずに汚れを落とすことができます」(第6話)というセリフは、用途に合わせた竹ベラを自作するために大量の竹をストックしていた新津氏を参考にしたのではないかと思います。

鳥の編隊飛行


粋「すげえ!」
真夢「もう少し見ていきませんか?」(第4話)
 これはキャンプの朝に、二人が海岸で上空を飛ぶ鳥の群れがV字の編隊飛行をしているのを見た時の会話です。何気ない会話のようですが、この二人にとっては特別な意味を持っていると思います。
 以前、粋は真夢に「羽田に向かう飛行機がきれいに一列に並んでいくの、あれ並べてる管制官の人が見たら感動すると思う」(第2話)と語っています。旅客機は、管制官の指示を受けてパイロットが操縦することによって、はじめて整列して飛ぶことが出来ることを実感を込めて話しているのですが、それを自らの体だけで実現している鳥の群れを見て感動しているのだと真夢にはわかったのです。そして自分も同じものを見て同じように感じていたのです。真夢にとって、粋が自分と同じ感動を共有できる人だと気づいた場面だったと思います。
 ちなみに、B787の主翼の端が上後方にカーブした形状になっているのは、翼端渦という飛行時の抵抗となる空気の流れを減少させるためですが、鳥がV字編隊飛行をするのは、前の鳥が発生させた翼端渦を使って、後ろの鳥が最も効率的に飛行できる位置に並ぶからだと言われています。

渡り鳥が「V字隊列」を保って体力を温存する本当のメカニズムとは(Gigazine,2014.1.20)

支える音楽


 ドラマで使われた音楽をまとめたCD『金曜ナイトドラマ NICE FLIGHT! ORIGINAL SOUNDTRACK(音楽:沢田完)』が出ていて、23曲が収録されています(23曲目「大空への前奏曲(リフレイン)」は、1曲目から効果音を除いただけなので実質的には22曲)。1曲目の「大空への前奏曲(NICE FLIGHT!~メインテーマ)」は、全8話中16回と最も多く使われていました。このメインテーマと同じメロディーを使っているのが13曲目「空への誓い」(10回)と17曲目「小指の約束」(9回)です。使用楽器もアレンジもテンポもキーも異なるので違う曲に聞こえますが、様々な場面で同じメロディーが流れることで「NICE FLIGHT!」世界の連続した空気が感じられるような気がします。
 主題歌はKis-My-Ft2の歌う「Two as One」(Cypher作詞、Chris Meyer/Masaki Tomiyama作曲)で各話の最後に近いシーンで流れるのですが、この曲のピアノバージョン(22曲目)も7回使われていました。

テレビ朝日系金曜ナイトドラマ 「NICE FLIGHT!」 オリジナル・サウンドトラック

抱きつくという感情表現


 真夢は自分の感情を表現することが、言葉においても態度においても苦手です。でも愛用の自転車の故障が直った時(第1話)は自転車に、青森から食材が届いた時(第2話)には段ボール箱に、抱きついて喜びを表していました。第5話で粋の告白を受けて思わず抱きついてしまったのは、言葉で自分の気持ちを十分に伝えられなかったからですが、抱きしめ方がぎこちなかったのは、人を抱きしめた経験が少なかったからでしょう。
 誕生日会の帰り路(第6話)で、粋に抱きしめられて「ずるい」と言ったのは、自分の数少ない感情表現方法を、自分よりはるかに上手に使われたからではないでしょうか。


 第1話では、太陽に虹色の輪がかかるハロ現象が冒頭シーンに出てきたり餃子屋で最初に出てくるのが「キラキラレインボー餃子」であったり、最終話では最後のキスシーンにレンズの虹色フレアが映りこんだり直後にレインボーブリッジが出てきたりと、虹を意識したカットがあります。主人公を演じる玉森裕太が7人組のKis-My-Ft2のメンバーで7人それぞれにメンバーカラーがあるからということもあるかもしれません。しかしコロナ禍で大きく打撃を受けた航空業界をテーマにコロナ禍期間に製作されたドラマとして、雨が上がって晴れた時に空にかかる虹を、希望の印として入れておきたかったのではないでしょうか。

お仕事ラブストーリー


 このドラマは、第1話で男女が出会い、第5話で男が女に「好き」と言い、最終話(第8話)で女が男に「好き」と言う、ラブストーリーです。しかし、それ以上に描かれているのが、旅客機が飛ぶことに関わるパイロット・管制官・整備士・グランドスタッフなどの仕事のつながり合いです。そして登場人物は、時に自信を失いかけることがあっても仕事を続けてゆきます。喜多見機長に榛名修子は「私は清掃の仕事が好き。この仕事をしている自分が好き」(第8話)と言います。そう、このドラマは「お仕事ラブ」な人々のストーリーなのです。

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「抱きつくという感情表現」以下は2023年6月30日に追加しました。

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