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ワッチタワー ~オカンと僕と、それからエホバ~ <7>


 オカンは幸せな人だと思う。

 たしかに一時はモラハラ夫に本来の自由を抑え付けられて、心身のバランスを崩したり、離婚して一人で生きぬかざるを得なかったり、相応の苦労はしてきていることは確かだ。

「あたしなんか、財布から3万円だけ抜いて、それでもう家には帰らんかったんよ。お父さんに、お金はいらんから、子供たちに使ってやってと言って、そのまま出たからお金もないし仕事もないし、最初はもうすごい状態やってん」

とオカンはのちに振り返った。当時は、離婚した女性が一人暮らしをすることすらなかなか理解を得られず、アパートを借りるにも僕からみたら叔父である「オカンのお兄さん」が保証人になってくれてはじめて住みかが見つかったことや、何度か仕事を変わったけれど、薄給で生き抜くには大変だったことなど、苦労話は尽きない。

 ただ、今の会社に出会って、それでも事務員としての採用だったから、相変わらず給料は安く、ある時思い余って、本社の社長に

「なんとか給料をあと5万だけ上げてほしい。その代わり5万以上分の仕事をするから、もし不合格なら即刻クビにしてもらってかまわない」

と一世一代の啖呵を切って、なんとか給料を上げてもらった話などを聞かせてくれた。

 その努力が認められたからこそ、オカンはのちに支社長にまでなったのである。


 それでも、よくよく考えてみれば、オカンは一時期失ったものはあるけれど、弟と一緒に暮らしたり、長男である僕と一緒に仕事をしたり、得たものもたくさんあると思う。それに今では一軒家を中古で買って、つつましいながらもきちんと自活をしているのだから、派手ではないが満ち足りた暮らしをしているとも言ってよいだろう。

「あんたって、意外と幸せもんやな」

と僕はふとオカンに言ったことがある。「僕は、セカイはもしかしたらオカンを中心に回ってるんやないかと思うわ」と。

 オカンは、「そうかな~、そんなことないで~」と嘯いていたが、僕はひそかにオカンほど自分の人生を思い通りに生きた人はいない、と思う。それほどまでに、オカンはいつもどこでも何があっても、好きなように生きているのだ。


 それは、別にオカンが(その方法はかなりアブないながらも)会社員として・社会人として一応の成功を治めた姿ではなく、もっともっと原点からそうなのだ。だから今回はその話をしようと思う。

 オカンという人間の生き方を見ていると、このセカイでどのように生きれば、人は幸せになれるのか、ということがわかる気がしてくる。そして、僕は、息子としてことあるごとにそれをこっそりマネしようと思っている。そうすると、これはナイショだが、本当に、このセカイにおける幸せというヤツは実現するのだ。

 もしかすると、オカンは本当にエホバよりも強力な存在なのかもしれない、と思ったりもするくらいだ。


 オカンは、戦後すぐに生まれたベビーブームの第一世代で、いわゆる団塊の世代に属する。オトンもそうだ。けれども、今回はオトンに出会う前の、まだ僕が存在する前のオカンについて注目してみたい。そこには、のちにオトンが「おまえら」と僕らを指さして罵るに値する、傍若無人で荒唐無稽な、天真爛漫で唯我独尊なオカンがいる。それが

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