見出し画像

アフリカのジョビンコ。ジョナサン・ピトロイパを覚えているか。

 正直プレーを見たことあるかと言われたらない。見たとしてもハイライト。でも、アフリカネーションズカップのMVPにも輝いたこともあるし、なんやかんや結果を残しているのが、ブルキナファソ代表の快速アタッカー、ジョナサン・ピトロイパだ。彼はハンブルガーSVやレンヌで活躍し、現在はフランスリーグドゥのパリFCでプレーしている。懐かしの選手をそのチームメイト、監督そして対戦相手と共に振り返る。

 ピトロイパは、ブルキナファソのチームからフライブルグに引き抜かれる。フライブルグでは、1年半は控えに甘んじて、出場機会を得られれなかった。転機が訪れたのは、05/06シーズンの後半から。後に浦和レッズの監督になるフォルカー・フィンケに抜擢されると、不動の地位を築く。06/07シーズンになると開幕からスタメンを飾り、ウィンガーだけでなく、CFやトップ下でのプレーも増えた。このシーズンは8ゴール10アシストと大活躍で、チームの軸に成長した。翌年も24試合7ゴールと結果を残すと、08/09シーズンからはドイツの古豪ハンブルガーSVに移籍が決まった。


 フライブルグでは現在はザルツブルグの守護神を務めるアレクサンダー・ヴァルケや後にハンブルガーSVでもチームメイトになるデニス・アオゴ(シュツットガルト)やダニエレ・シュヴァーブ(PSV)。そして当時は17歳のオメル・トプラク(ドルトムント)もチームメイトだった。

まだ髪もあります。トプラクさん。

 ハンブルガーSVでは加入初年度でUEFAカップベスト4、翌年は名前を変えたUEFAヨーロッパリーグでベスト8を経験。ピトロイパ自身も多くの試合に出場し、チャンスメイクでアシストを多く記録した。良い方向に進んでいたと思われたハンブルグでの生活だったが、アルミン・フェーが解任されると、状況が一転。マイケル・オーニング新監督で構想外になってしまい、自ら退団を決意。さらに新しくやってきたフランク・アルネセンダイレクターが若手にシフトする意思を持ち、チーム作りをしたため、フランク・ロストやルート・ファンニステルローイなどのベテラン選手も退団している。なおこの方針によって台頭してきたのが、現在トッテナムで大活躍中のソンフンミンである。

アジア最強のストライカーはハンブルグから始まった。

  ピトロイパはハンブルガーSV退団後に、フランスのレンヌに移籍。レンヌではかつてガンバ大阪で監督をしていたフレデリック・アントネッティに率いられ、ウィンガーとしてリーグ戦36試合7ゴール10アシストと結果を残す。レンヌで2年間プレーしたのちに、ピトロイパはUAEでもプレーする。1クラブ目のアル・ジャージラではミルコ・ヴチニッチやマヌエル・ランシーニ(ウェストハム)と攻撃を引っ張り、9ゴール11アシストと欧州を飛び出ても数字で活躍を示した。続くアルナスルではブラジルの神童だったニウマールとプレーし、初年度は6ゴール12アシストとここでも攻撃の核となる。2年目はACLベスト8にもなった。しかしその後フリーになったのち、やっと決まったベルギーのアントワープでは本来のパフォーマンスを維持できず、退団。そして現在のパリFCに至った。パリFCは現在リーグドゥでリーグアン昇格争いをしており、来シーズンは1部の舞台にピトロイパが帰ってくる可能性もある。

 代表でも結果を出しているのはピトロイパ。2013年に行われたアフリカネーションズカップでは、ブルキナファソを準優勝に導く。そして自身は大会MVPにも輝いた。アフリカの中でも最高峰のプレーヤーになっていた時期もある。そしてブルキナファソといえばウィルフレード・サヌを覚えているだろうか。浦和レッズや京都サンガで活躍したサヌとピトロイパはブルキナファソに学校を設立。現在は両親が経営しているようだ。

サヌさん。足速かったなあ。

 


 懐かしの選手をたまに振り返ると、現在活躍している選手やさらにどんどん懐かしい選手が出てくる。それもまた面白いこと。昔から見ている古参ファンにはこの選手を書いているのかよと思って欲しいです。正直私の記事にターゲットがいるかと聞かれると、本当に1割も満たないかもしれません。ですが、いつか何処かの誰かが興味を示してくれるなら、書きます。自分が好きなことですし。

長々となってしまった。とりあえず言いたいことはソンフンミンのライバルだった男ピトロイパ!忘れないでね笑

就活生です。サッカーばかりでしかもコアなところを攻めています。少しでも驚き、笑いがあった方はサポートお願いします。