後輩との初キス

 私の初キスは、彼女ではない年下の女の子とでした。もちろん付き合いたかったけれど、私の想いは受け入れてもらえなかった。それでも彼女とした初めてのキスは、私にとって、きっと世のカップルがした初めてのキスと同じか、それ以上に素敵なものでした。

 彼女とは大学の授業が同じで、自分が大学3年、彼女は1つ年下の2年生の時に出会いました。たまたま席が隣になったことをきっかけに話すようになり、ある日思い切って食事に誘ってみるとOKしてくれたのです。それまでろくに女性と話をしたことすらない自分がそこまで積極的になれた理由は分かりませんが、彼女はサバサバとした性格で親しみやすく、また経験不足の私を常に気遣ってくれているようでもありました。

 年上の友人に教えてもらっていた、山手線の恵比寿と目黒の中間にあるレストランへ行きました。ほぼ貸切状態のこじんまりとした2Fで、手の込んだ小料理を楽しみつつ、彼女はお酒も嗜んでいました。私はアルコールに強くないため最初のビール1杯しか飲まなかったのですが、彼女は好きなお酒を色々と注文し、中でもダイキリは気に入ったのか何回もお代わりするも、全然酔う素振りはありませんでした。

 とても良い雰囲気で話も弾み、私は思わず過去の辛かった失恋体験を彼女に話してしまいました。じっと私を見つめるように見てくれる彼女の目からは、何を話しても受け入れてくれるような大らかさを感じたのです。場が持たず、咄嗟に彼女の左手を右手で握ると、彼女もそっと握り返してくれました。「それは誰も悪くないんですよ」と彼女は言ってくれ、私は後悔の日々から少し救われ、そして許された気分になりました。

 もしこんな話をしていなければ。大学の教室でふざけて差し出した手を彼女が握り返してくれなかったら。きっと物語は始まらなかったのだと思います。でも始まった。友人でも恋人でもない、でも私は彼女が好きで、彼女も少なからず私に好意を抱いている、そんなどこにも続かない道を歩き続ける物語が始まったのです。

 会計を済ませ立ち上がり、コートを取ろうとすると、彼女が私の前に立ちはだかりました。何かなと思っていたら、いきなり左手を引っ張られて彼女に引き寄せられ「元気出して下さい」と頬にキスをされました。思わず気が動転してしまい、私はその場で彼女をギュッと抱きしめました。この彼女の好意をどう処理して良いか分からず、でも帰りの電車は手を繋いで帰りました。

 彼女の終電まで少し時間があったため、私たちは寒さが凌げる駅の階段の上で電車が来るのを待っていました。白のコートに身を包んだ、小さな彼女がたまらなく愛しく思え、再び抱きしめると、少しふざけながらおでこ、鼻の頭、頬に、そっと口づけをしました。そして彼女が目を瞑ったので、そのままふっくらとした唇に。何度か口づけを繰り返してると、彼女がそっと舌を入れてきました。正直驚きましたが、私もそれに応え、舌を入れ返しました。これが私の初キスでした。彼女が終電に乗ったのを見届けた後、私は先程起こったことを思い返し、スキップしながら帰路につきました。

 翌日、彼女と校内で2人きりになると「私たち付き合ってないですよね」と思いがけぬことを彼女に言われました。私は彼女のことが好きだし、付き合いたいと思っていました。彼女に付き合っている人がいないのも知ってました。もしその時私の正直な気持ちを伝えていれば、また違った未来があったのかもしれません。私は嫌な予感がしたので冷静さを装い、分からない、どうしたい?と聞いてしまいました。彼女は「昨日のことは忘れて元の関係に戻りたい」と口にしたのです。私はなんで?と言い、再び彼女にキスを迫りました。一度抵抗されましたが、最後に、と私が言ったからか、彼女も受け入れてくれました。

 長い長いキスでした。自分の体の変化に気づかれても構わないと思い彼女に密着し、また彼女の膨らみと柔らかさを感じながら、キスを続けました。言葉にすると微妙ですが、もはや舌と舌の舐め合いでした。数分間そんなことをし続けると「長いよ、おしまい」と言って彼女は私から離れました。

 それからも彼女とは何度も一緒に帰りました。手を繋いで、私のコートのポケットに二人の手を入れて。これだけはお願いと言うと、彼女も渋々了承してくれました。私たちの関係は恋人ではありませんでしたが、そこだけ見れば付き合っていると思われたでしょう。

 食事に行ったり、映画を見たり、手を繋ぐこと以上のことはしませんでしたが、デートを重ねました。誰かと手を繋いでるだけで、こんなにも景色が変わることを生まれて初めて知った気がします。私は、彼女に振り向いてもらえることを、気持ちが変わってくれることを、願っていました。

 ここまで来ると半ばストーカーですが、彼女が家庭教師に行っていた最寄り駅のホームで、いつ彼女が現れるのか分からないにも関わらず、彼女を待ち続けたこともあります。彼女は私を見つけると困ったような、呆れたような顔をして「寒かったでしょ」と自販機でホットミルクティーを買ってくれました。

 段々と手を繋ぐだけでは満足できなくなり、時に彼女を抱きしめたり、服の上から軽く胸を触ったりもするようになりました。決して大きくない胸でしたが、これまで触ったことのない感触を、こっそりと(バレバレでしたが)楽しんでました。

 彼女も私と腕を組んでくれたり、私が抱きしめると彼女も抱きしめ返したりしてくれました。ある日私のズボンのポケットが、自宅の鍵とフリスクで盛り上がっているのを見つけると「何入ってるんですか?」と言って、ポケットに手を突っ込んできました。ポケットごしに彼女の手が少し大きくなった私のペニスに触れました。一瞬そのまま掴んだかと思うと彼女はすぐに手を抜き、お互い何もなかったかのように振る舞いました。

 私たちにはタイムリミットがありました。彼女は3年生から別のキャンパスに行ってしまうため、今みたいに一緒に帰れなくなってしまうのです。付き合ってもいない関係の二人、キャンパスが離れた後も会うのは難しいだろうなと思っていました。私はずっとその終わりを意識し、そして怯え続けましたが、どうすることもできませんでした。

 彼女に「私と一緒にいて辛くないですか?」と尋ねられたことがあります。そんな事一切考えたことはありませんでしたが、彼女と会えなくなる日が来ることが辛い、私はそう答えました。彼女はそれに対して何も言いませんでした。

 最後まで彼女に付き合って欲しいとお願いしましたが、受け入れてもらえませんでした。友達なら良いけど、友達なら手は繋がないよと言われました。私は久々に女性と仲良くなれたことに舞い上がり、彼女に自分が単なる「性」の対象としてしか見られてないと意識させてしまったのかもしれないし、単純に私と恋人関係になることが考えられなかった、あるいはその両方だったのかもしれません。今さら手を繋げない友人関係になるというのは、私にはできないように思えました。答えは出さず、手を握って歩く日々が続きました。

 そして終わりの日が来ました。六本木ヒルズを望むビルのレストランに食事に行った後、この日も初めてキスをした、駅の階段の上で彼女の終電を待っていました。人はまばらでしたが、くっつこうとすると彼女はそれを拒みました。最後にと思ってキスをしようと顔を近づけ、彼女もそれを拒む様子はありませんでしたが、土壇場で彼女が悲しむ気がして辞めました。

 最後に彼女と約束をしました。私の約束にこだわりすぎるところが好きじゃないと言った彼女が、「幸せになるって約束して下さい」と小指を出したのです。私はそっと小指を絡ませ、彼女の頭をそっと抱き寄せ、ありがとうね、と言って別れました。それが最後だとお互い分かってました。

 泣きそうになりながら、海の方の街へ向かう最終列車を、ホームから完全に消えるまで見送りました。

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