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恥を知る。5.『GUCCIの紙袋』

『世紀末』という女性をご存知だろうか。
彼女は漫画家であり、イラストレーターであり、そして私の親友である。

この歳になって親友などという言葉を使うと腹部がヒュンッとするが、本当に親友なのでしかたがない。もともと友達と呼べる人間が少ない私にとって彼女は本当にかけがえのない存在だ。
彼女の才能もさることながら、もっとパーソナルな、プライベートな部分で魅力を感じているし、助けられている。
とにかく、特別な存在である。

今日はそんな彼女との出会いの日についてお話ししようと思う。

私が彼女を見つけたのはTwitterだった。
彼女が描く四コマ漫画に感銘を受け、すぐにフォローし、いいね!いいね!とチェックしていたところ、日々の彼女の言動からどうやら同じ広島に住んでいるらしいと気づいた(彼女曰く私に気づいて欲しくてアピールしていたらしい、罪な女だ)。
私は思い切ってDMを送り、すぐに会う約束をとりつけた。

彼女と初めて顔を合わせたのは3年前。広島県民ならみなさんご存知、『フラワーフェスティバル』の日だった。

どうだ。『フラワーフェスティバル』。
知らない人は何もピンときていないであろうから説明すると、ゴールデンウィークに広島の中心部でおこなわれる大きなお祭りだ。交通量の多い大きな通りがその日だけは歩行者天国になり、露店が出たり、パレードがおこなわれる。ゲストで西野カナさんが来たことだってある(どうだ!)。とにかく大きなお祭りである。

当日の朝、私は妙に興奮していた。
写真でしか見たことのない年下の女の子と、ベタに駅前の噴水で待ち合わせ。そわそわしながら準備を済ませて、いざ、出発!というところで父に呼び止められた。

『これを!世紀末さんに…!』

手渡された小さな紙袋の中にはさくらんぼが入っていた。しかも、うちの小さな庭でできたさくらんぼだ。
いや、あの世紀末さんに!?初対面で!?こんな小さな庭でちょろりとできたさくらんぼを!?と、思わなくもなかったが、初めての待ち合わせで絶対に遅刻はできない。とにかく急いでいたので、紙袋を素直に受け取って家を出た。

その日の一番の難関であった待ち合わせも無事にクリアし、ナチュラルに祭りを楽しみ、それぞれの生い立ちなどを話しながら、私の意識はだんだん右手の小さな紙袋に向いていた。

あれ?いつ渡すんだ?

出会い頭に渡せばここから楽しむ祭の間もずっと持たせておくことになるし、かと言って途中でそんな都合よくさくらんぼの話にもならないし、あぁもうこれは、別れ際しかないな、それを逃したら今日一日庭でできたさくらんぼを持ち歩いただけの女になってしまう。そんなことは絶対に許されない。

うだうだ考えているうちに世紀末が、
『メイさんのCD、まだ持っていないものがあるので買いに行きたいです。』
と、なんとも可愛らしいことを言い始めた。
次回プレゼントさせてくれと頼んだが、どうしても今日買いたいと聞かないので(なんて可愛い女だ)、2人でタワーレコードへ向かった。

無事、CDをゲットし、並んでエスカレーターを下っていると前方になにか背の高い着ぐるみが見えた。

ミイだ。
デカい。

そのフロアでは期間限定でムーミンのショップがオープンしていた。私たちより背の高いミイは異様な迫力があり、なんとなく一緒に写真を撮らざるを得ない雰囲気がフロア中に漂っていた。
その雰囲気に抗えず2人でミイ(デカい)を挟んで写真を撮ってもらい、どれどれ、と写りをチェックしたところでギョッとする。

私が持っている紙袋、

GUCCIだ…。

なぜ…

なぜGUCCIなんだ…
私はGUCCIに触れたことも足を踏み入れたこともないのに!
待てよ、そういえば、ご近所さんがこの紙袋に入れて何かお土産をくれたことがあったな…。

くそう!なぜ!
なぜ父はわざわざGUCCIの紙袋に!
小さな家の庭でちょろりとできたさくらんぼを!!

これでは今のところ私は初対面の年下の女の子に

『あたいGUCCI持ってんのよ、フフン』
『日頃からGUCCIの紙袋持ち歩いちゃうのよ、フフン』

と自慢しているだけの女じゃないか!
足を踏み入れたこともないくせに!!!

それに、もしスマートにこれを彼女に渡せたとしても、
『え!GUCCI…!』
からの
『あ、庭でできたさくらんぼ…』
じゃないか!

まずい!恥ずかしい!!!!!

そこからのことはあまり覚えていない。
が、無事さくらんぼは彼女の手に渡り、3年たった今でも仲良くしてくれているので、どうやら問題はなかったらしい。彼女の心が海のように広く、私のように捻くれていなかったことに感謝する。

初めて会ったこの時から毎年、フラワーフェスティバルに2人で遊びに行くことが恒例になっていたが、今年は新型コロナの影響でそれも叶わなかった。現在、2人でレギュラー出演しているラジオ番組『ヨルノバ』も1ヶ月間の放送休止が発表された。
今これを読んでくれているみんなにもなかなか会いに行けず、いよいよ暴れ出してしまいそうだ。

もう少し、もう少し、ここでお話しをしながら、今は数少ない親友や家族との時間をゆっくり過ごそうと思う。どうかみんなもこんな時だからこそ、そばにいる人を、あなた自身を、いつもより少しだけ大切に過ごしてみてほしい。

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