恥を知る。95.『暮れる』

バンドの曲は、弾き語りでは演奏しないの?

と、よく聞かれる。私とみなさんとの仲なので、恥を忍んで言うが、やらないのではなくてできない。私にはできないのである。

バンドの音源に同封されている歌詞カードなどをみていただくと、間違いなく作曲の欄には私の名前がある。しかしあれ、細かく言うとほとんどの曲がメロディーを作っているだけなのだ。つまり、弾き語りで演奏するときに弾くことになるコードというやつを考えているのは私ではない。当時のメンバーのあららぎだ。私は送られてきたコードに対して歌をのっけているだけだった。

続いてバンドでのライブを思い出してみてほしい。私、結構、弾いてない。以上の理由から、私はバンドの曲を弾き語りで演奏することができない。

ひとりでライブをし始めた頃は、純粋に演奏できる曲も少なかったので何度かバンドの曲にもトライしていた。しかしやはり、どうしても思うようにいかない。いわゆる、バンドの曲をボーカルの人が弾き語りでやる良さ、みたいなものが全く感じられない。バンドの曲はバンドの曲で、メンバーで演奏するのが確実にいちばんカッコよかった。

いつの日からか弾き語りのライブではバンドの曲をやらなくなった。あれは『できない』から『やらない』に変わった瞬間だったと思う。バンドとは違う私を見せられることに喜びを感じていたし、見にきてくださるみなさんも、それを楽しみにしてくれているのが分かり始めていた。

弾き語りの曲もたくさんできて、CDも出して、なんとなく自分のペースで続けているうちにバンドのほうが活動休止をすることになった。もともと弾き語りを始めたのも、大学を卒業する頃に『バンドがなくなるかもしれない!』という危機感からだったので、今回も弾き語りをやめようとは1ミリも思わなかった。それはとても自然な流れだった。

ただ、気持ちのベクトルが今までと変わっていたのは明らかだった。なんとなく、恩返しみたいな気持ちが日に日に強くなっていった。おこがましいのは重々承知だけれど、それでも、これまでたくさんの愛や夢をくれた場所や人に何かを返したかった。それが、続けることだと思った。

実際、歌い続けたことで懐かしい再会も新しい出会いも、本当にドラマや小説みたいにおこった。感謝したし感謝された。会いに行けば会いに来てくれる人がいた。もちろん、そのぶん悔しかったり苦しかったりすることもたくさんあった。

ふと、次のライブでバンドの曲を歌おうと思った。『暮れる』という曲だ。理由は一つではない。一つではきっと踏み切れなかった。たくさんの理由が、たくさんの場所が、たくさんの人が、そう思わせてくれた。

ひとりで歌った『暮れる』はやっぱり思うようにいかなかった。バンドでやるほうが絶対にカッコいいのだ。そんなことずっと分かっている。それでも、歌ってよかった。本当にそう思った。いつも見にきてくれるみんなが、驚いて、喜んで、泣いてくれて、これこそが恩返しだと思った。

今までの私だったら素直に受け入れられなかったかもしれない。今の私を見てよ!と駄々をこねていたかもしれない。でも、その『今の私』は、間違いなく『暮れる』が歌いたかった。そして、この曲が好きだ、と断言できた。全てに感謝している。

やっぱり私は、まだまだ恩返しをしなくてはならない。音楽だけじゃない、生まれてからこれまでに出会った、たくさんのことに、人に、場所に。まだまだ。

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