恥を知る。92.『庭で肉を焼く』
もうここではおなじみの話題になってしまったが、私はなにかと実家へ帰る。理由はその時その時でさまざまであるが、この度新しいタイプのものが追加された。それは
『お父さんが"庭で肉を焼く"と謎の言葉を言っています』
という母親からの連絡で始まった。
ここ最近、一度ぐんと気温があがったので庭の様子も急に春になった。たしかに外で肉を焼きたい気持ちも分からんでもなかったが、一度ぐんとあがった気温は維持されることなく、また少しさがりはじめた印象だった。
『寒いのではないかと思うのですが…』
という母のことばどおり、夕方になるにつれ気温はまたぐんとさがっていた。正直、なんやかんやと言って寒さに負けて、結局出前でもとっておうちでぬくぬくと過ごすことになるのでは…?と思いながら『とりあえずそちらに帰ります』と返事をした。
18:00を過ぎた頃、実家に着いた私は思わず笑ってしまった。庭にはもう机と椅子と肉を焼くためのすべてが準備されていた。
父は本当に『庭で肉を焼く』ということをしたかっただけのようで、盛り上げるためになにか他の食材をたくさん用意している様子もなかった。しびれを切らした母が、スーパーでしいたけや半額になっていたステーキを買ってくれていたのでなんとかそれっぽくなっていたが、とにかく肌寒い、不思議な会であった。
しかしまあ、いざ焼き始めると多少テンションはあがる。火の近くにいれば体温もあがり、我々は想像以上に『庭で肉を焼く』ことを楽しんでいた。そのとき、ガレージの入り口に人影があることにきづいた。咄嗟に、何か迷惑をかけてしまったか、と思ったがすぐにそうではないとわかった。その人影はめちゃくちゃ笑っていた。
『なにしてんのー!』と陽気に声をかけてきたその人影は、お向かいのおうちのお父さんだった。単身赴任からたまたま帰ってきていたそのお父さんは、何を隠そう、私の父の同級生であった。
『あら!どうぞどうぞ!入ってください!』という母のひと声で始まった予期せぬ同窓会は、こういった世の状況でもあるので、時間にしてみればそんなに長くは続かなかったけれど、とても、とても濃い時間だった。
普段見ることのない父親の姿を見たり、聞くことのなかった話を聞きながら、煌々と燃える火を見ていると、いったい今がいつでここがどこなのか分からなくなりそうだった。ただただ、私は黙々と肉を食べ、火を見つめ、自分が生まれる前の話を聞いていた。そして、これからのことを考えていた。不思議だった。なぜか私は、これからのこの家のこと、家族のこと、自分のことを思っていた。それはずっしりと重たくて、不安で、ほんの少しだけワクワクした。
父の謎の言葉から始まった『庭で肉を焼く』会は、思わぬ展開を見せ、我々に予想以上の興奮をもたらした。お恥ずかしながら、ずっとずっと、こんな日々が続けばいいな、なんて思った。
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