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ghosts in the octopus


芸術探検─ghosts in the octopus─
活動報告資


朱色の石を知る妖怪

奈良県を歩いていた時。「蜘蛛という字は、知と朱でできている。これは『朱色の石の在処を知っている者』という意味なのではないか」という話をきいた。この国の物語の世界で常に殺され続けている妖怪・土蜘蛛は、実際に朱色の石が採れる地域に住む先住民だったのかもしれない、とのこと。 このことに興味をもった私は朱色の石について調べてみることにした。

辰砂・水銀・金メッキ

朱色の石は、「辰砂(しんしゃ)」と呼ばれる鮮血色の鉱石のことである。その朱色は特殊なエネルギーをもった高貴な顔料として、古墳の内壁や石棺、神社や寺院、漆器や朱肉など、時代を越えて使われてきているよう。 また、その辰砂を熱すると、銀色に輝く液体「水銀」になる。水銀には、「塗ったものを腐らせなくする」「金と混ぜるとメッキになる」という効果があり、 不労不死を欲望したり、黄金の物体をつくって力を誇示したい権力者が恋い焦がれるものであった。
土蜘蛛の話をきいた奈良県宇陀市菟田野町にはこの辰砂の鉱脈があり、古代より盛んに採られ続けてきた。戦後まで稼働した日本最大級の水銀鉱山、大和水銀鉱山もこの地にある。

神武東征と中央構造線

土蜘蛛は、日本書紀や古事記に記されている神武東征の伝説に初登場する。 神武東征は、日向(宮崎県)に生まれた天孫族(今の天皇の先祖)が、瀬戸内海を通って大和(奈良県) に行きつき、ヤマト王権(日本国)を打ち立てるという説話なのだが、土蜘蛛は、終盤の大和の地での戦争で騙し殺されている。これらの伝説は、 大いに脚色されているものの、実際の出来事をベースにつくられていると言われている。 ではなぜ、天孫族はわざわざ大和の地にくる必要があったのか。諸説あるが、私は、辰砂と水銀が関連しているのではないか、と思うようになっていった。 権力を欲する天孫族は、良質な水銀資源をもとめて大和にやってくるも、先住民が邪魔で鬱陶しい。ただ単に殺すのは気がひけるので、彼らを妖怪・土蜘蛛として蔑み、軽んじることで、実際に殺してゆく。しかし、殺す前に朱色の石の在処を聞き出すことには余念がない──そんなことを想像するのであった。
辰砂が特に多く採掘されるのは、奈良、三重、徳島、大分など。これらはすべて世界最大級の断層、中央構造線上にある。私が住む大分県も辰砂に関連する地名や遺構がたくさん残っているようなので、巨大な断層が通る地域を実際に歩いてみることにした。

早吸日女神社

中央構造線上で四国と九州を分かつ豊予海峡は、早吸瀬戸(はやすいのせと)とも呼ばれている。愛 媛の佐田岬と、大分の佐賀関の間は距離にして13 km ほど。関サバ、関アジはこの狭い海峡の潮汐による急流に揉まれうまくなるらしい。
早吸瀬戸、その響きや字面に興味をもっていると、佐賀関に早吸日女(はやすひめ)神社というものがあることを知る。神社にいくと蛸の絵を奉納する「蛸断ち祈願」という不思議な形式の願掛けがあるのであった。


早吸の大蛸

この神社の由来は、その昔、早吸瀬戸の海底に棲んでいた伝説の大蛸にあるようである。 神武東征で天孫族が日向から大和に向かう途中、荒れ狂う早吸瀬戸を抜け、瀬戸内海に入ろうとしたが船が進まなくなり、どうしたのだと海底をのぞきこむと、そこには神剣を抱えた大蛸がにょろにょろしていた。地元の海女さんに潜らせ、蛸の神剣を取ってこさせると、船は再び進み出した。その神剣を御神体に神社をつくった、とのこと。「蛸断ち祈願」はこの大蛸にちなんだもののようである。
資料によって「蛸から譲りうけた」「蛸から取り 上げた」「蛸から盗み取った」「蛸を倒して奪った」 など蛸との関係のニュアンスが異なっているのが気になる。そして驚くほどに土蜘蛛の話との共通点が多い。
東征ルートと中央構造線が交わるところに生じる、天孫族と 8 本脚(蜘蛛と蛸)の遭遇。
もしや、この大蛸も、土蜘蛛と同じく殺された、朱色の石がある土地の先住民だったのではないだろうか......。蛸の絵は、その魂が祟りとならぬよう、慰霊として今なお奉納され続けているのではないか。

蛸みこし

私の作品に、〈蛸みこし〉というものがある。「蛸の脚はその一本一本に独立した知性がある」という話から着想した、8人で担ぐぐにゃぐにゃした御神輿であり、これを担ぐ8人はみんなで息を合わせる、バラバラなまま一緒にいるなどを繰り返すことになる。そのときそのときの関係の様相が蛸の踊りとなって顕れてくる作品である。
天孫族と早吸の大蛸。 古代のこの地で、彼らができなかったことは、「みんなで息をあわせる」「バラバラなまま一緒にい る」のどちらだったのか。
この蛸みこしを用いて、早吸の大蛸のゴーストを呼び寄せ、一緒に踊るための盆踊り〈蛸みこし音頭〉をつくってみようと思った。

朱色の蛸壷

踊り疲れた大蛸のゴーストが休憩できる蛸壺の土器もつくることにした。素材は馴染み深い辰砂がいいと思い、血の池地獄の真っ赤な泥を貰う。 朱色の泥で蛸壺を焼く。 蛸の脚の一本一本に独立した知性があるのならば、それが分裂して8つのゴーストになってることもありえるなと思い、8つの蛸壺をつくる。
余った泥は蛸みこしに塗った。

ghosts in the octopus

2022・10・15早吸瀬戸の地にゆき、早吸の大蛸と踊るための蛸みこし音頭をおこなうのであった。


あぁ 集まれよ
ゴースト オブ 大蛸
一緒に踊ろ まんまるく

海をひっぱるお月さん 海を吸い 吐き出す 
底に巣食うわ 大蛸さん
陸のはざま 潮は吹き出され
もまれる アジ サバ うまいぞ

脚はめいめいの にょろにょろのゴースト
働き 休み 眠り 暇
あっちが気になる ヨイヨイ 腹減ったな
エッサ ホイサ 尊し 尊し

あぁ 集まれよ
ゴースト オブ 大蛸 一緒に踊ろ
まんまるく 疲れた時には 朱壺でお休み
蓄えて また 回ろ 踊ろ


─クレジット─

作詞 : よだまりえ、野口竜平
作曲 : よだまりえ
編曲 : よだまりえ、Nomi
ミックス、マスタリング : Nomi
振り付け : 野中香織
蛸みこし担ぎ : 大麻真理、久保優梨子、山田睦朗、當山未空、佐藤翔太、児玉優、岩尾拓武、野口竜平
スチール撮影 : 東美沙季
ムービー撮影 : 河合志道

土器づくり伝授 : おさないひかり
箱づくり : 小駒豪
箱づくりアシスタント : サカタアキコ
グラフィックデザイン : 鈴木健太 
冊子編集 : 瀧瀬彩恵 
制作アシスタント : 佐藤孟徳

協力 : 早吸日女神社、永井製竹、血の池地獄




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