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黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(19)

お茶会裁判

7-2

「で? ヴィクトリア嬢、二つ目の条件はその男でいいのか?」

 出された紅茶を無感動に飲んだ王太子が、副社長とはまた違った意味で身を強張らせているダンテをちらりと見た。
 ヴィクトリアもカップに手を伸ばし、その鼻孔をくすぐる芳醇な香りに心を落ち着ける。

「今しばらく、考える時間をいただけますでしょうか」

 持ち上げたカップの中、湯気と香りに包まれた琥珀色の水面に映るのは、平静を保っている自分の顔。

「かねてより情熱的な愛を育んでいる間柄ではありますが、何分二人共若年ゆえの迷いもございます。まだ決心がついておりません。もう少しで結論を出しますので」

「いやいや、そんなに若くもないでしょ」

 セオフィラスが肩を震わせ、ダンテは林檎のように真っ赤に染め上げた顔をして酸欠寸前の魚類のように口をぱくぱくさせたが、ヴィクトリアはそれらすべてを無視した。
 大丈夫、動揺はない。紅茶が美味しい。まだ美味しいと感じられている。

「まあいい。ではヴィクトリア嬢、本題に」

 王太子の言葉に、ヴィクトリアはカップを置いた。

「承知いたしました。ですが殿下、少しだけ前置きを」

 そう言い置いて、正面でにやにやしているセオフィラスに視線を移す。

「セオフィラス。あなた以前からヴァンホー商会の件とは別に、ラトウィッジ海運との繋ぎを求めていましたね」

「うん。無下にされてきたけどね」

「考え直しました」

 ヴィクトリアの言葉に、セオフィラスが真意の読めない笑みを浮かべた。

「それは嬉しいね」

 その場に渦巻く空気、それら全てを無視してヴィクトリアは努めて淡々と言葉を紡ぐ。

「帝国に、かねてより懇意にさせていただいている方がいらっしゃいます。ナイト教授、とお呼びしておりますが、皆様にはフルネームの方が通りがよいでしょうか。チャールズ・ナイト・ハーコートさまを、ご存じですか?」

 その名に、王太子とセオフィラスが反応を示した。

「ハーコート老か。これはまた大物だな」

「帝国議会の重鎮だね。学者っぽいこともしてる変わり者のご老人って噂だけど、ラトウィッジ海運の創設にも関わってる」

「ええ、その方です。著者のファンだったわたくしが、お話を聞きたくて押しかけたのが切っ掛けですが、今では当家の使用人共々孫のように可愛がっていただいております」

 マクミラン商会にとってはもちろん、この国にとってもラトウィッジ海運との会談、その果てに手に出来るかもしれない契約は重要な意味を持つだろう。

 チャールズ・ナイト・ハーコートは、門戸を開かないことでも広く知られているラトウィッジ海運よりもさらに、接触を持つのが難しいとされる相手だ。
 ラトウィッジ海運の創設メンバーのひとり。そして帝国議会に名を連ねてもいる。

 ヴィクトリアはあくまで学者としてのナイト教授と縁故を持ったが、本来であればそんなことが適う相手ではない。
 子どもと言える若い娘からの度重なるファンレター、そんなもので興味を引くぐらいの奇をてらったことがなければまず相手にはされない。

「ぼくも一度会ってくれないかな、と思ったんだけどね。門前払いだったな」

「お忙しい方ですし、既知ではない方とは、あまり会いにならないそうですよ」

 偶然にも持ち得たそのコネクションを、ヴィクトリアは今回最大限利用することにした。
 そんな風にはしたくなかった、という気持ちは未だある。親しくしているナイト教授との関係を利用するようで、気は咎めるし、進まない。
 何度も迷って考えて、それでもヴィクトリアが差し出せるものなど他にはないと結論付けた。

 自分の中で考え抜いて出した結論である。
 後悔は絶対にしない。そして、無駄にもしない。

「ラトウィッジ海運との取引につきましても、元々ナイト教授のご紹介によるものです。今回も快く口を利いていただきました。ラトウィッジ海運幹部との会談の機会を設ける準備があります。セオフィラス・キャロル、マクミラン商会最高顧問のあなたとの」

 予定では、との言葉をヴィクトリアは心の中で付け足した。
 ヘンリーはまだ戻らない。気配もない。

 セオフィラスも王太子も、あくまで態度に変化はなかった。
 だが、ヴィクトリアを見るその目が、明らかに先程までとは異なる。そうだろう。そうでなくては困る。
 セオフィラスも王太子も価値を見出すことができるであろう、ヴィクトリアに用意できる唯一の手札だ。

「それはまた、随分と豪勢な手土産だね」

「今後、リデル家に代わりヴァンホー商会の舵を取るあなたに、ぜひ一度会っておきたいと、そう仰せです。ただ……ひとつ困ったことが」

 ヴィクトリアはあえて言い淀み、ほんの少し困ったような表情をつくった。
 少しでも時間を稼ぎたい。そのために、ゆったりと口を開く。

「先方よりひとつ条件が。会談には、この国で最初に取引をした信用のおける相手、リデル伯爵の同席を、と」

 ヴィクトリアの言葉に、セオフィラスが小さく肩を揺らした。

「それは、困ったね」

 その言葉はまだ、あくまで他人事だ。

「ええ、わたくしも困惑しているのです」

「リデル伯爵は今空位だからねえ」

 笑みを浮かべるセオフィラスの視線が、一瞬ちらりと王太子へとむかった。
 静観する王太子の顔にはどんな表情も浮かんではいない。少なくとも、口を挟む気はない、と判断して構わないだろう。

「そうなのです。私が爵位を継げばラトウィッジ海運の出す条件を満たすことはできますが、そのためには越えなければならない障害がございます」

 ヴィクトリアは本当に困っているんですよ、というように眉根を寄せた。セオフィラスの値踏みするような視線を受け止めて。

「それに、そのために婚約を急くというのも気が咎める話。どうしたものかと、思案に暮れております」

「なるほどなるほどー」

 セオフィラスはニタニタ笑いで如何にも適当な相槌を打ち、ダンテは無の表情でお茶を飲んで気配を消している。

「わたくしの後継が問題であれば、その辺りもまるっと納められるような強力な後ろ盾、後継人となってくださる方がいればよいのでは、とも思うのですが……」

 ティールームに、沈黙が落ちた。

 

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全22話

王太子殿下は冷酷無情

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お茶会裁判

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