マガジンのカバー画像

【小説】黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる【全22話】

23
王太子主催の夜会で起こった侯爵の服毒死。早々に自殺と断定する王太子に、黒衣を纏う伯爵令嬢、ヴィクトリア・リデルは打算に満ちた異論の声をあげる。 「いいえ、自殺ではありません」 父…
運営しているクリエイター

記事一覧

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(目次)

全22話 王太子殿下は冷酷無情 (1)1-1 https://note.com/mujiyoshiko_neo/n/nb050f1c48e46 (2)1-2 https://note.com/mujiyoshiko_neo/n/n2d11864f17c7 (3)1-3 https://note.com/mujiyoshiko_neo/n/nf7d7fa1dbad7 近衛騎士は誠実でヘタレ (4)2-1 https://note.com/mujiyoshiko_ne

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(1)

王太子殿下は冷酷無情1-1  王太子主催の夜会の夜。月明りに照らされた王城には国中の力ある貴族が集まっていた。 「いいえ、自殺ではありません」  多くの者が集められながらも不自然に静まり返った城の大広間に、ヴィクトリアの凛とした声はとてもよく響いた。  刺すような視線が一斉に、ヴィクトリア・リデルへと注がれる。  レースとフリルがあしらわれた喪に服す黒いドレスに、結い上げた鮮やかな赤毛。黒と赤の対比がこの上なく美しく、剥き出しの白い首筋に落ちる巻き毛が上品な色香を演出

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(2)

王太子殿下は冷酷無情1-2  ヴィクトリアは見ていたのだ。  杯を落としたドッドソン侯爵が倒れ、苦しんでそのまま息絶えるのを。  そして、それを眺める王太子のことも。  王太子が熱のない視線でそれら一連をただ眺め、一言「自殺だな」と言うのを聞い た。  今この場にいる全ての者が同じように聞いていたはずだ。  一人の人間が毒を飲み、苦しんで死に、その事実にどのような疑問を抱くことも許さず自殺と断定する王太子を目の当たりにした。事件として取り沙汰されるまでもなく自殺に決まっ

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(3)

王太子殿下は冷酷無情1-3  まあ、この場まで下手人を連れて来ることができただけでも僥倖と言えるだろう。   ドッドソン侯爵が倒れた瞬間、離れた位置に居たにも関わらずヴィクトリアの視線ひとつで意を汲んで給仕をした男を捕らえるために走った侍女、ヘンリエッタのお手柄である。  音もなくヴィクトリアの傍に寄って来たヘンリエッタは、僅かに無念さを滲ませた無表情で項垂れた様子を見せた。  下手人のこの男はどちらにせよ長生きはしなかっただろうとは思う。だからこそヘンリエッタを走ら

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(4)

近衛騎士は誠実でヘタレ2-1  翌日、喪服を纏ったヴィクトリアは、王都内にあるドッドソン侯爵家の屋敷を一応弔問という体で訪ねた。  ドッドソン侯爵家の本邸はもちろん侯爵領にあるため、こちらはあくまで王都滞在時に侯爵が一時的に使用するため、という名目の別邸である。  普段は王都在中で近衛に席を置く騎士でもある末子のダンテ・ドッドソンが屋敷の管理を任されている。  管理と言っても、非番の日にたまに屋敷に居ることはあれど、ダンテは通常騎士として王宮の敷地内に在る宿舎で寝泊まりし

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(5)

近衛騎士は誠実でヘタレ2-2 「あなたなら、少なくともドッドソンという家名があります。もうほとんど難癖付けられているようなものですから。こちらとしてもできるだけ付け入れられそうな隙は減らしておきたいのです」 「……家名、本当にあるだけだけどな」  力なく呟いて再び椅子に腰かけた主人に、甲斐甲斐しい執事が温かいお茶を用意した。蜂蜜を入れてミルクも注いでいる辺りに優しさと激励が同居しているのだろう。  ただ、甘い物があまり好きではないダンテにあえての蜂蜜入りということは、𠮟

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(6)

近衛騎士は誠実でヘタレ2-3  ヘンリエッタの言葉を聞いたダンテが、深い溜息を吐き出した。  表情を読むまでもなく、関わりたくないという感情がありありと浮かぶ顔をしている。  ダンテがセオフィラスを苦手としていることはわかっている。  正直に言えば、ヴィクトリアとて好き好んで積極的にセオフィラスに関わりたいとは思わない。  そもそもセオフィラスと積極的に関わりたがる人間など、その容姿と諸々に騙された頭の緩い花畑女か、危機管理能力が著しく減退している者、そうでなければご同類

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(7)

近衛騎士は誠実でヘタレ2-4  ドッドソン侯爵の屋敷を出たヴィクトリアは、次の目的地へと向かうために馬車に揺られていた。 「で、なんでついて来たんですか?」  その馬車の中。向かいに座るのは、先ほどまで着崩していた喪服をきっちり着込んだ従兄である。 「急に非番にされて暇だったんだよ。ちょうど散歩でも行こうと思ってたんだ」  そう答えつつも、ダンテの泳いだ目が窓の外へと逸らされた。その言葉を、ヴィクトリアは無感動に繰り返す。 「散歩」 「そう、散歩。それに、マクミ

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(8)

最高顧問はとても黒幕3-1  マクミラン商会が本社としている建物は王都の一等地にある、王城に次ぐ立派な建物である。  その目が眩むほど豪奢な建物に足を踏み入れたヴィクトリアたち三人は、特に約束を取り付けていたわけでもないにもかかわらず、明らかに常用ではなさそうな建物の奥、貴賓用らしき応接室に通された。  マクミラン商会は、この国の流通、その大半を一手に握る商社である。  社長を始めとした役員の他、名ばかりのものも含めキャロル侯爵家及びドッドソン侯爵家に連なる者が席を埋めて

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(9)

最高顧問はとても黒幕3-2  カカオの苦みが舌の上を通過し喉を通っていく。  目の前のこの尊大な人物は、キャロル侯爵に見出された商人の父親、その後釜に強引に、運よく収まっているだけの俗物である。父親の威光を自らの功績と勘違いして偉そうにしているだけ。  先代の副社長についてはヴィクトリアも多少面識がある。いつも柔らかい物腰の謙虚な好人物で、それでいて抜け目のない優れた商人であったと記憶している。  どうやらその思慮深さを継ぐ事ができなかったらしい息子は、親の威光ぐらいし

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(10)

最高顧問はとても黒幕3-3  副社長が完全に去るのを待って、セオフィラスがやはり芝居がかった振る舞いで椅子に腰かけた。  長い脚を組むその姿はまるで舞台に立つ役者のようだ。  ちなみにダンテはカップの中の甘い液体を飲み干したせいか、ややげんなりとした様子を見せている。  本日三杯目となる甘い飲み物だけのせいではないかもしれないが。 「さて、ヴィクトリア。ぼくに用事があるんだって? 何かな。婚約者にご指名とあらばこのまま教会へ行くでも構わないけど?」  冗談めいた口調で

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(11)

擬装従者は身を尽くす4-1  王太子が設けた期限はひと月。  第一に、事件の首謀者を詳らかにし、その証拠ないし首謀者の自供を引き出す。  第二に、婚約者及びそれに準ずる者を用意する。  王太子が戯れのように付け足した「隠し子のようなもの」は存在しないので、それについては論外である。  出された二つ目の条件、婚約者について、正直に言えば少しも気が進まない。  ヴィクトリアとて貴族の娘である。爵位を継ぐ、その先に後継という問題があることについてはわかっているし、いつか伴侶を迎

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(12)

擬装従者は身を尽くす4-2  うやうやしく手紙を受け取るヘンリエッタの手は、ヴィクトリアのものより大きく指も長い。  路上の片隅で、世の中の全てを恨んで淀んだ眼をしてヴィクトリアを見上げたあの頃よりも、ずっと大きくなった。  大きく、頼もしく、誰よりも信頼に足る無二の従者となった。  ヴィクトリアはこの従者の献身を信じている。  ヘンリエッタになら、この手紙も、リデル家の行く末も、全てを託すことができる。  手紙だけでは足りないことがあるかもしれないが、ヴィクトリア自ら

黒衣の令嬢は薔薇の色を塗りかえる(13)

赤い薔薇の女王さま5-1  嵐の前のような静けさの中、ひと月は瞬く間に過ぎ去っていった。  少し物足りない紅茶を飲みながら、ヴィクトリアはじっと忠実な従者の帰りを待ち続けた。  ここ最近連日しとしとと降り続ける雨が王都を濡らし、立ち込める暗い雲が気分をも塞ぐ。  王太子と約束したひと月が経った今日、ヴィクトリアは王都の外れに在る墓地にやって来た。  霧のように降る雨に傘は差さずにいるが、時間が経つにつれ少し冷えを感じる。その冷えと相まって、濡れた芝の鮮やかな緑の中で、等間