あかねが淵から(第24章C面りんは飛ぶ)

 黒山羊のあらしは不意に鳴いた。かいとあかねを閉じ込めた部屋は、あらしがいくら蹴りをいれても、びくとも動かなかった。
「あきらめろよ。この塔の開け閉めは決められた言葉でするらしい。じいさまがあんなことができたのは、「母さんに会いたい」というかいの言葉があったからかもしれん。」
りんは翼を鳴らすと立ちあがった。
「俺はじいいさまや仲間と一緒にこの塔の外を飛ぶよ。アリ、お前はどうする?お前を呼んでいるらしい仲間の山羊のところへ連れていってやろうか?」
閉まった戸を眺めていたあらしが、さっとむきを変えると、りんの翼に飛びついた。そして、かいがしていたように、りんの翼の内側に潜り込んだ。
「お前は本当に頭がよく回るんだなあ。ぼやっとしているほかの山羊とは大違いだ。」
黒山羊のあらしはせかせかと自慢の角でりんの胸をつついた。
「早く飛べってか?俺はお前の大切なカーの兄さんなんだぞ。少しは遠慮しろよ。」
呆れながらも、りんはこっそりと笑いをかみころした。黒山羊が何の迷いもなく、自分の翼の内側ですましこんでいるのが可笑しかったのだ。
「お前は肝っ玉が太いんだなあ。俺はお前を食うかもしれんのに、。。」
りんはあらしを抱くと、揺れる姉妹の塔から飛び出した。
気勢をあげながら、塔のまわりを舞っている竜たちで、あたりはごった返していた。りんは塔の上を覆うように旋回している白竜の姿を見た。年老いた白竜を頂点に囲んで、仲間の竜たちが翼を全開̪して舞っている。鼻先と口から噴き出す炎が、すれ違うたびに、互いの皮膚や翼を焦がしていく。竜たちがこのような至近距離で舞い狂うことは、りんがかって見たことのない光景だった。
(じいさまは何を考えているのか?あかねが淵を出てから、十数年が立ったのだ。われら智にさとき者たちこそ、あかねが淵に及ぶかもしれぬ災いを未然に突き止め、防ぐのだという生きがいも誇りもあやふやになってきた。頼みに思ってきた五山の人間たちも、精霊たちも堕落したのか、消えてしまったのか?この姉妹の塔を守ろうともしてないのだから。)
りんは自分のために場所を開けるように合図している白竜を見ないふりをした。騒ぎながらも、いぶかし気にりんの様子を見守る仲間たちの視線をさけながら、りんは湖の反対側に方向を変えた。耳をすましても、あらしとあれほど激しく鳴きかわしていた山羊たちの鳴き声は聞こえない。それでも、黒山羊のあらしは、目を閉じていても、目指す方向が判るらしく、時々、角で行く先を知らせる。

りんはあらしの目指している場所の見当がだんだんとついてきた。
そこは楠の木のおばあとかいが、湖の里に戻る途中で地震にあった大岩のあるところだった。地震で開いた穴は大勢のけものの足で大きく踏みならされていた。
洞窟の中は荒々しいけものの匂いが満ちていた。
「アリよ、お前がここに来たことを知らせろ。俺はお前をここに置いたら、急いでじいさまの所にもどるつもりだ、。」
りんは洞窟のなかをびっしりと埋めた山羊の仲間に大きく翼を鳴らして、払いのけながら舞い降りた。
「おお、やはり、お前じゃったか?青い竜のりんよ。」
なつかしげに呼び掛ける楠の木のおばあの声がした。
りんがぎょっとして、思わず鼻先から火花を飛ばした。
「ああ、おばあ、お前生きておったのか?」
「生きておるともさ。そう簡単に処分されとうはないからな。」
りんは楠の木のおばあの小さな姿をしかめ面をしながら眺めた。
あらしがりんの翼の下から、顔をのぞかせると待ち構えていた山羊たちがいっせいに鳴いた。それに負けない声で、山うばの大きな声がした。
「なんともやかましいのう。さて、この青い竜がわしらを運んでいくのかや。?」
「そうともさ。この青い竜とはわしは三回も空を飛んだぞよ。ちょっとそそっかしいが、なに、わしらが傍について居れば問題なかろう。渡りに舟とはこのことじゃないか。」
「おい、りん。青い竜よ。翼をちょっと下げてわしらを乗せておくれ。」
楠の木のおばあと山うばはりんの肩によじ登り、当然のように、さっきまであらしの居た翼の内側におさまった。
「なんと、おお昔の古い桐の実の匂いがするぞ。」
山うばが嬉しそうに叫んだ。
「あかねが淵からきた赤毛の狼の所へやってくれ」。
楠の木のおばあが落ち着きはらった声で、りんに行く先を言った。
りんは怒り狂って、返事より先に口から、真赤な炎を噴き出した。乱暴に身をよじって、二人を払い落そうとしたりんが耳を疑って叫んだ。
「何?あかねが淵の神の使いの赤毛の狼さまだと?それは又、どういうことだ?」
(第24章C面おわる)

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