樹との会話を

ここでは、私は樹の言葉をいつも聞いている。
「昨夜の流れ星たちの歌を聞いたかい?すごい速度で流れながら、歌っていたね。」
「昨日、たそがれに飛んできた鳥の一行は、哀しい夢を運ばされて、羽根まで凍傷にかかっていたよ。ごらん、おかげでこの枝だけ、はやばやと紅葉してしまったよ。」
ここでは私も樹に話しかける。
昨夜見た見た苦しい理不尽な夢、私の言葉は夢よりも切れ切れで、つじつまがあわない。それでも、夢に現れたままの色もあわあわとしたイメージを樹に語りかけている。
 私は樹のそばで、育ってきた。それだから、多少ぎこちなくとも、どんな樹とも会話をすることが出来る。
 私の生家には樹齢八百年を超える楓の樹があった。堂々とした枝を張り、美しい楓の葉をたっぷりと茂らせていたので、私はそこで本を読み、あらゆる空想の世界を編み出して、遊んでいた。
 私の樹との会話が始まったのは、その頃からだったと思う。
それはどんなに私の心を楽しくしてくれたことだろう。
 私が人里離れた山中で、心豊かに暮らすことが出来るのは、私をとりまく樹たちとの交流があるからだ。今までの人生で、側にあって、深々とした眼差しと叡智で、私を支えてくれた樹の存在、楓、楠、銀杏、マロニエ、楡たちのこと。
人語のつきる山の中で、樹たちとの会話は豊かでつきることはない。

夏の樹は闇に翼をしまひゆく極彩色の鳥らの密語
まぼろしの櫛もつ手はをみなにてたしかに闇をはかりて梳けり
美しき椅子ひとつのみを映しだす広き鏡照りて淋しきま昼

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