握り拳がつくれない

私の指が反抗している。
握りこぶしを作れない。
三角がきっかりとしたお結びをつくれない。
じゃんけんもできない。ぐうも、ちょきも、ぱーも「いて、イテテ」と言わなければだせない。当然、シャドーボクシングもできない
ましてや、怒りに狂って、鉄拳を相手の鼻づらにカマスなんてことも、遠い夢となってしまった。
何もかも、恐ろしいほど、平和で美しく微睡んでいる五月の午後。
「あしたのジョー」の終章近くのシーンを思い出す。
 暗い顔のジョーが、洗面所の鏡を見つめている。握力が無くなって、きちんと締められない洗面所の蛇口から、ポトリと水の雫が落ちる。ポトリ、ポトリ、ポトリ。もう、戦えないジョー。

突然の指の謀反は、キーボードの叩き過ぎ、あるいは6Bの鉛筆の握り過ぎ、指を酷使したことにあるという。それだけだろうか?
不完全な指の曲がりかた、掴みたいものを掴めない自分の手を見る。
 遠くのできごとに人は美しく怒る
 近くのできごとに人は新聞紙と同じ声をあげる。
 遠くのできごとに立ち向かうのは遠くの人で
 近くの出来事に立ち向かうのは近くの私たち
石川逸子という戦争詩人の詩をそらんじてみる。
そして、怒りを忘れてしまった私を、さっさと見捨ててしまった私の手を見る
  もう怒りに拳を固めることすらできない私の手を見る。

どくだみは低く夏野にかたまりてわが悪口雑言意外に涼し
放棄する何かを待つといふことを どくだみの白き群落
遠き世の白き藤むら映しゐる春のま昼の鏡の狂気
それよりの新樹闇 楽なるごとし 一枚の鏡を埋めたり






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