砂師の娘(第十八章銀のもやのはざま)
「そこに居るのは判ってます。私です。私が誰なのかもあなたは判っているはず、、」
しんさまは胸の高ぶりを押えた声で呼びかけた。銀色の深いもやのかかった向うへ向かって呼び掛けた。あてずっぽうに呼びかけているわけではなかった。そのあたりのもやは、霧のように濃くなったり、薄くなったりしながら、何か、人のかたちをつくるように動いていたのだ。
どうしても一緒に附いて行くと言った、とう女は落ち着かない様子で、しんさまの顏を見た。
「もう、どうしてもあなたに会わなければいけない。ここに集まってしまった私たちは、あなたの望まないものなのですか?」
しんさまは油断なく、あたりを見回した。鋭い緊張感とともにもやの色が濃くなった。
突然、とう女が羽根を広くひろげて、警告のような鳴き声をたてた。
「とう女、羽根を広げては駄目だ。わたしのうしろに隠れろ」
しんさまが素早く、とう女をかばおうとした。
とう女の羽根が炎の色にうすく染まったように見えた。
「あぶない。」
しんさまの持った杖が、とう女を炎で包もうとしたもやを激しく裂いた。いつも厳しい姿勢のとう女の身体が頼りなく揺れた。
「ああ、なんというフカク」
「フカク、フカク」
とう女の口惜し気な歯ぎしりがうつったように、もやのなかでも、自分たちの炎が返された驚きの音があがった。音、たしかにそれは、奇妙に声に似ていたが、もやのたてる絹糸のきしるような音だった。
「しらとりさま、どうしたのです。。何故なのです?」
とう女は、自分に投げつけられた、いかりの炎に驚いて叫んだ。
つかの間、銀のもやが少し晴れて、その中に立つ白い細い影がうかんだ。銀のもやの中で、揺れながら、両手を空に上げて、祈るようなしぐさをしていた。しらとりらしい影は、身体をよじるような悲しみに震えているようだった。
しんさまの手から、細い紐が伸びて、すでに消えようとしていた姿に巻き付いた。冷たい光りの線が走った。しらとりの姿は淡く湧き上がった銀色のもやのなかに消えていった。
「しんさま、しんさま。」
とう女の必死な声と、頬をうつ羽根の強さで、しんさまは目を開けようとした。いや、目を開けようとした。目が開けられない。
「そのままにしておくがよい。どうやら、耳は聞こえるようだ。」
静かな声がとう女に言った。なにか鋭い視線が自分の顏にあてられているのが判った。冷ややかに自分を見つめる強い視線、しんさまは顔をゆがめた。
胸のどこかで、この視線を懐かしいと思う気持ちがあった。
「それにしても銀の森のしらとりに、戦いを挑むとは、、無謀なことを、知らぬとはいえ、並の者なら、そのように思っただけでも命を奪われていたものを、、」
しんさまのしたことを無謀といいながら、その声の持ち主は、冷たく突き放したなかに、笑いが籠っていた。男とも女ともつかぬ不思議な声。
(この声はどこかで聞いたことがある。ただ、こんなに近くではなかった。)
顏を動かそうとして、しんさまは激しい痛みに呻いた。
「しばらくは動けまい」声が言った。
「あの、お前様はどうして、わてらを助けてくださったので。
しんさまはただ、カルラさまを助ける方法を聞くだけだと言って、このわてに道案内を頼んだのですじゃ。まさか、このようなことになろうとは、、。」
半分、自分に言い聞かせるように呟きながら、とう女は泣いていた。
「まさか、しらとりさまが、しんさまの命を奪われようとなさるとは、それに,しんさまは、去って行くしらとりさまを、ただ呼び止めようとしただけなのに。」
「しらとりも苦しんでいるようだ。はじめて、あいつに、かすかな迷いが生じたのかもしれぬな。今までは千年王国、永久王国として、自分がこの銀の森に存在しておることに、何の不思議も抱いていなかっただろうに、、。
不思議な声の持ち主はしんさまの顏にそっとさわった。不思議な香の匂いがした。人間の手ではない、冷たい手だった。
「いいか、お前にはしらとりと戦うことの出来る力があるのだ。それを教えてやろう。まずは失ってしまった目の力をいやすことが先決だ。」
「私は、、それよりもまず、カルラを助けなければ、、。」
又もや、冷たい無遠慮な視線が、自分の顏に注がれるのを感じた。ひどく、長く感じられたが、実際には短いものだった。
「おお、さても厄介な、そのような心の動きのことを、とうに忘れておったわ。案ずるな。もうすぐにも、別の助けがこよう。
カケルの放った蜘蛛が私を呼び寄せたように。どれ、」
「あっ。何をなさる、お前さま。」
とう女が、傷ついた羽根を力なく、動かしながら騒ぐのをしり目に、その声の持ち主はしんさまの身体を抱き上げた。
(第十八章、A面終わる)
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