砂師の娘(第三章C面川原の小屋で)

 ややは天井の梁の上から、光る眼でゆうと少年たちを見下ろした。
「いて、ひっかきやがった。何でえ、あいつ。」つぐみが肩をさすりながら、文句を言った。
いっぺえは素早く、戸を閉めたうえに、その前に手あたりしだいに、砂の袋を積み始めた。不審げに、いっぺえのすることを見ていた師匠が、
「おい、みんな、いっぺえを手伝って、入口を固めろ。」
と厳しい声で言った。ほんの囁き声に近い低い声だった。
少年たちは、石(メノウや水晶)や砂(金や銀)の入った袋を無言で、入口に積み上げていった。やっと、顔をこわばらせていたいっぺえがうなづいた。
「さ、教えろ。もし、あやかしの類なら、この石たちの持つ力が魔除けになるはずだ。山のけものにも力があるぞ。いっぺえ。外には何が居たのだ?。」
師匠の側に集まった少年たちは、いっぺえの答えるのを待った。いっぺえはは答えようとして、口ごもった。
「何も、、。しっかりと見たわけじゃないんだ。ただ、今まで見たことのないような黒い影のかたまりが、青白い光を稲妻みたいに出して、この小屋を取り巻こうとしていた。」
「黒い影か。外はもう真っ暗だのに。お前にはそう見えたのだな。ゆうはどうだ?」
「わての見たのはややの光る眼だけ、、」
答えながら、ゆうは梁に赤い血のような筋がこぼれているのを見た。
「あっ、ややが怪我をしている。やや、降りておいで。」
どーんどーんと強く戸を叩く音がした。
「誰だ、何かここに用でもあるのか?」
「、、、、」
戸の向こうでは、なにか、物のこすれるような音がしたが、返事はなかった。
「どーんどーん。」又、音がした。少年たちは顔を見合わせた。
「おおかた、風が強まったのだろうよ。」
師匠がみんなを安心させるようにいった。誰もその言葉を信じる者は居なかった。
鍋の中のものが煮詰まって、焦げ付いた匂いがしたが、誰も気にする者は居なかった。
「ともかく、明るくなるまで待とう。その間は火を絶やさないことだ。薪は充分あるのだから。」
師匠は腕組みをといて言った。
いっぺえは、まだ不気味に揺れている戸口の前の砂袋を見ながら、口びるをかみしめた。
背伸びして、思い切り、腕を梁のほうに伸ばして、ゆうはややを抱きとった。
「ややはけがをしとらんよ。これは赤い砂だよ。」ゆうは明るい声を出した。
ややの白い前足には砂絵に使う赤い砂がこびりついていた。
「しんさまだ。しんさまがややの足に塗ったのだ。」
「そうだ。だれかおれの肩も見てくれ。おれの手にも赤い砂がついてるぞ。」
肩をさすっていたつぐみの、すっとんきょうな声がした。
「つぐみ、こっちへきて、よく見せろ」
師匠は炉の火を小さな油皿に移した。
「うむ、この砂はわしらの使う赤砂ではない。このあたりではめったに見ることもない岩中蘭の化石の粉だ。成程、しんさまが大体、どのあたりに連れて行かれたかが判ったぞ。」
つぐみの肩についた砂と、ゆうがややの前足から取り出した砂を調べて、師匠が弾んだ声を出した。
「やはり、しんさまはただ者じゃあない。ややよ、でかしたぞ。さあ、みんな、寝ろ、明日は早いぞ。眠れなくとも、身体を休めておけ。みんなでしんさまを助けにいこう。」
「えっ おいらたち、みんなでしんさまを助けに行くのか?ゆうも一緒に行くのか?」
「みんなで行くんだ。いっぺえよ、あれだけ、騒ぎ立てて、ゆうは岩ばばのところへ連れて行かれたことになっとるのだ。まだ、しんさまを間違えて連れて行ったことは、俺たち以外には誰も知られていないはず。わしたちが、明日、何もしないで居たら、それこそ怪しまれるだろう。ただな、、。」
師匠がいっぺえにあごをしゃくった。。
いつの間にか、ゆうが膝を抱えて座っている側で、ややが眠っている。
「歌声だよ。ゆうがややに唄う歌声が、今まで眠っていた者たちを、呼び覚ましたのだ。良き者も悪しき者も目覚めさせたのだ。
いっぺえよ。ゆうに歌を歌わせてはいかん。たちどころに、ゆうの居場所が判ってしまう。」
(第三章C面終わる)


 

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