鬼女という選択

 庭の樹木たちの落葉が始まると、樹からの確かなメッセージを聞きそびれていたような、妙に落ち着かない気分になる
 二年前の大雪で、幹のなかほどから、腰を曲げてしまったサビタの木。
重そうに垂れていた枝を落とすと、その後ろに、思いがけないほど背の伸びた楓の若木が立っていた。
その周りには唐楓、一ッ葉楓、名月楓 などと、呼び名も多彩な仲間たちが混在しているなかで、貴公子然としているいろは楓だった。
紅の極まった紅葉の色は自然のすぐなる激情の色、どんなに激しい人間の感情でも表せない透きとおった色相を持っている。
おそらく、黄泉の国に燃えている炎の色に匹敵するような紅。
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉  
 私は鷹女の句をつぶやいて、夕映えのなかで、ゆさゆさと紅葉の枝をゆすぶり、紅葉の下をかいくぐって、荒々しく登ってゆく自分の姿を想像した
歌のともだちに、そのことを報告してみた
「ほかの人が木に登って、鬼女になると言ったら、私はきっと止めるでしょうが、あなたなら、止めません。きっとあでやかな鬼女になると思います。」
私は鬼女っぽく、にやりと笑った。
私の未来像に新たなる選択肢「鬼女」が増えた。

夏櫨の朱の一点を啄める 鳥よ荒びて谷を渡るか
冥府とふ炎の色の朱みつる説話の中なる淋しき鬼
もみじばの湧きたつ村里紅葉せぬ一樹を見たるますぐに立てる

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