朝日に匂う山桜花

 私はこの季節、窓の外に並ぶ櫻の花を楽しんでいる。なかには、私にしか見えない幻の櫻の花があった
 窓越しに光る清楚な花の輝きに胸をおどらせ、「今朝も一輪、昨日も一輪、きっと明日も一輪」と朝日の中で、白い輝きを増やしていくのを楽しみにしていた
けれども、庭に降りて、その櫻の木を確かめようと、あたりをみまわしても見当たらない。それと思った幹には、ほの赤い新芽がほつほつとついているが、花の影はない
「人は見たいと欲するものしか見ない」ジュリアス・シーザーの言葉を思い出す
(あれは櫻の花ではなく、朝日に葉っぱが白く輝いているだけ、、)。
ところが、やはり、櫻の木はあったのだ。
一昨年の大風の後、すぐ横の楓の若木と乳兄弟のように、身を潜めて立っていた櫻が、身をよじるようにその姿をあらわしたのだ。
 光源氏のたびたびの口説きにも、「恋のはての無惨さを見たくない」と頑として応じなかった、意志の強い聡明な姫皇女、生涯を源氏のみやびな友人としてあった、朝顔の宮を思わせる清楚な花の姿、
今、このときの黄昏、前の世のたそがれ、時系列がまぼろしのように揺れるたそがれ、ふと花の美しさに誘い出された、いたずらな妖精になど見染められたらどうしよう。
三日月の光りにあわあわと浮き上がった山桜。見かけぬ美しい白猫が、うっとりとした表情で、その櫻を見上げている。

声なくてただただよへる春の意志白き微笑のやうなる櫻
水かげる櫻一樹のたそがれは前世静かに浮きあがるごと
心いま屈折の暗がりに放ちやり母よその白櫻のごとき微笑

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