菫のごはん

無事庵の春の集まりのメニューには、菫ご飯をそっと出す。長い冬の疲れで、なんとなく、そそけたような疲れがにじんでいる面々。 白い魔女が去った後のナルニア国ではないけれど、なにか無性にロマンと詩のある雰囲気が欲しくなる。
「今年も、気がついたら、菫がもう足の踏み場もないくらいに林の中に咲いていたのよ。春の扉を開けて、わっと飛び出してきたみたい。」
 黒の漆のお椀に軽くよそって出す。炊きたての白いご飯のなかの菫の紫の色が美しい。一口、口のなかにほんのり花の香りが広がる。雪のなかで眠っていた菫の、うすむらさきの夢の名残りの香がたつような。
この菫ご飯を食べた人は、一様に優しい濡れたような目つきになって、それぞれの懐かしい春の記憶のなかに戻っていく。
春の野にすみれ摘みにと来しわれぞ野をなつかしみ一夜寝にける
いつも身めぐりに自然の気配を宿している澄んだ眼差しの万葉歌人、山辺赤人の優しい一首である。
万葉のころから、すみれは食用とされていたのだが、歌意にはすみれの花のように清楚な佳人に出会い、一夜を過ごしたとも読みとることもあるそうな。

菫ごはん
 昆布を一枚載せて軽く塩味のごはんを炊く。花首だけを摘んだ菫を 水の入った小さなボールに浮かばせて、お酒を入れる(菫が酔っぱらわないように注意)
ごはんが炊けたら、そっと菫の花を混ぜ込み、七分くらいむらす。
出来上がりの美しさ

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