砂師の娘 第一章(どうしても消えない)

「おーおい、飯だよ。飯だ。ごっつおだぞ。お客が来たので、特別のごっつおだ。さっさと道具をしまってこいよ。さあ、飯だ。飯だよ」
 飯当番のいっぺえが、空の鍋をガンガン叩きながらやってきた。
砂絵に取り組んでいた少年たちは、待っていたように手を止めた。いつも腹を空かせている、たかととんびの兄弟は、もう待ちきれなかったので、道具をまとめて待っていた。
わざわざ、いっぺえの声を聞かなくとも、誰やら客が来て、今夜はご馳走らしいことは、判っていたのだ。
なにしろ、昼過ぎの鶏を捕まえるまでの大騒ぎやら、その後の肉を煮るうまそうな匂いが、ここまで流れて来ていたのだ。
それでも、やはり、いっぺえの声を聞くと、くちぐちに「おっすげえ、」と弾んだ声を上げて喜んだ。
この家で暮らしている砂師見習いの五人の少年たち。十三才のいっぺえ(何故か彼だけが鳥の名前を持たない。)をかしらに、十二才の双子のたかととんび、十一才のひばり、十才のもずである。いずれも食べ盛りの少年たちだった。
それともう一人、この夏に、親方が裏の滝つぼに浮かんでいたのを、拾ってきた十才ぐらいの女の子、ゆうがいる。
少年たちは手足にこびりついた金や水晶の粉を床にこぼしながら、谷水を引き込んだ水飲み場に、我先にと並んだのだ。
「おめえ、何か気になる絵が出てきたのか?」
騒ぎに置きざりにされたように、一人ポツンと座って、自分の砂絵を眺めているゆうの側に、いっぺえがが近寄ってきた。ゆうは慌てて砂絵を隠そうとした。
「いいんだってば、俺に隠すことはないぜ。お師匠はお前には普通の砂を使わせているんだ。ほかの者のように、思うように絵が浮かんでこんかっても仕方がないんだ。さあ、早く、道具をしまって、飯を食べろよ。」
夕暮れの光りの射しこむ薄暗い部屋だった。ゆうは、背の高い身体をかがめて覗き込む、いっぺえの顔を見上げた。
「そんなことはちゃんと知っとるよ。わては拾われもんやからね。はなから、、みんなのように、特別の力も持っとらん。みんなのように不思議な絵を呼び出せるはずがないもん。好き勝手に遊べといわれとるもん。なのに、この三日ほど、指さきから、思いもせん景色が出てくる。どうしたんだろう?」
ゆうは途方に暮れたように、いっぺえに呟いた。
ため息をつきながら、砂の絵をながめ、ひと息に絵を乱暴にかきまぜてしまった。
「まあ、いいや。何も浮かばないよりはいいかも。いっぺえにいちゃん、ありがと。いつも心配してくれて。めしに行くよ。」
ゆうは砂袋に手早く集めた砂を流し込んだ。
 いつもの夕食の席には、師匠の隣にお客の席が並べられていた。
砂師見習いの少年たちは、その席に置かれた小さな赤い盃を見て、息を呑んだ。
「試しの日」には必ず、お山の城からやってくるしんさまの盃が置かれてあったのだ。
「「試しの日」のためには、お山からしんさまがやってくる。お前たちの中から、お山で働く特別の砂師を見つけるためにな。一度に一人とは決まっておらん。二人のときもあったな。お前たちも選ばれようと思うなら、何時もたゆまずはげむことだな。」
師匠はいつも口癖のようにそう言っているのだ。
「それでは、今日が「試しの日」なのだろうか?それにしても急だな」
少年たちはお互いに首をひねりながら、しんさまの赤い盃をそっと眺めた。「試しの日」には、必ずしんさまがお山からやってくる。しんさまは若い娘のようにも、少年たちと同じような年ごろにも見える。小柄な細い体つきだけども、そのくっきりとした眼はまるで、谷川のせせらぎに棲む山女のように、なにか深い思いを秘めているように、時々きらりと冷たく輝く。綺麗な人だ。
「まあ、この間のためしから、まだ、三年もたっていないことは確かじゃな。じゃが、このことはわしらが決めることではないからな。」
ゆっくりといつもの席につきながら、砂師の師匠はおだやかな声で答えた。
なんとなく落ち着かない少年たちの中を、小走りに抜けて、ゆうは素早く自分の席についた。
目の前でぐつぐつ煮える鳥鍋に、誰も手を出す者がいない。
「どうしたんだい。みんな、せっかくのご馳走じゃあないか?「試し」の心配は腹一杯食ってからにしろ」
いっぺえがのんびりとした声で呼びかける。そう、言いながらも、いっぺえも箸を出さない。年齢で選ばれるわけではないので、もう何度も試しから、外れているのだ。
一人、ゆうだけが、胸元から、箸を出すと、山盛りによそった飯の上に、こんがりと焼けた鶏肉をのせた。黄金色の汁がとろりと流れた。
「なんだiい、落ち着き払って。ちえ、女だからって、いくらぐずだとしても、ここで砂をいじって、飯を食っているのなら、「試し」はお前も受けなきゃいけないんだぞ。よし、俺も食う。ぼやぼやしとると、お前に美味いところを全部食われてしまうかもしれん。」
ゆうより一つ年上のつぐみは、自分も箸を出すと、大きな鶏肉を飯に載せた。
「うっ うめえ。」
その声に少年たちは いっせいに箸を出して、鳥鍋をつつき出した。
「ハハハ、食べるがいいぞ。それにしても、食べっぷりは誰にも負けんゆうだが、絵のほうのすすみぐあいはどうじゃな?」
師匠は笑いながら、鋭い眼をゆうの横顔にあてた。
「ああ、ちゃんとできとおるよ」。
ゆうは澄んだ声で低く答えた。
「こら、ゆう、、師匠にうそをついたらいかんぞ」。
いっぺえはあわてて、ゆうの肩をつかんだ。少年たちの間に笑い声が起きた。
「あれ、いっぺえは何かというと、ゆうの心配をするな。」
「嘘じゃない。わたしはもうたいがいのものは呼びだせる。」
ゆうはいっぺえの手を振りのけると、立ち上がった。
「師匠、わたしに一番先に「試し」を受けさせて欲しい。」
ゆうは師匠に向かって、鈴を振るような美しい声でしっかりと言った。
(第一章終わる)

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