若菜の色のお皿を

 雪の色が変わってくる。
雪をのせて固まった大地を吹き抜ける風の柔らかさ、大地から力強く突き上げてくる草の芽の息吹。やがて、ところどころに雪のかたまりを残しながらも、野は優しい早緑に覆われてゆく。
 裸木の鋭いシルエットが浮かぶ薄墨色の山並みに、一本、また一本と白い辛夷の花が咲きだす。 一晩のうちに、白鳥が飛来したように、梢から下枝まで残らず、白い花の姿に覆われるのだ。
この静かな鳥たちは、春、まだ浅い風の冷たさのなかでも、身じろぎすることもなく、囀ることもなく、ただ馥郁とした花の香りだけを漂わせる。
白い鳥の溢れる木は、十日余りのうちに、山の日当たりのいい斜面から、谷側の日陰へとゆるやかにまわりを、春の白へと変えてゆく
芽立ちをはじめた雑木林のなかに、うっかり帰りそびれた夢の妖精のように、山桜が薄い花びらをそよがせると、それが合図のように、蕗の薹がむっくりと紫味を帯びた姿をあらわす。
枯れ草やザラメ状の雪をかき分けて、ずんと指先に丸い蕗の薹。あった.
「ああ、今年も無事に冬を越したのだ]

 君がため春の野にいで若菜摘む我が衣手に雪が降りつつ
 万葉の頃の若菜摘みは、天皇はもとより、宮廷の人々にとっても、大切な行事の一つでもあった。
再びの春をもたらす自然にかたどられた地霊や、その他の現象にたいする感謝と喜びの表れでもあったろう
 歴史に血なまぐさい行動を残す天智天皇などにも、若菜摘みのような、優しいいとなみがあったことを懐かしく思う
さて、その頃の万葉の食卓に、この摘み草でどのような料理が並んだのだろうか?と考える。
その一碗を頂く人の幸せな表情も思い浮かべる。

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