砂師の娘(第五章B面城の中で)

 二人は薬草室に入っていった。特に話し合ったわけではないが、二人の足は自然にそっちに向いていた。(余分な会話は禁じられている)
会話だけでなく、広い城の中には「生きている者の匂い」がほとんどしなかった
城の中が殺風景というのではなかった
じゅうたんを敷き詰めた広い廊下の左右には、大広間に続く控の間、大小の広間がつながっている。そして、そのそれぞれの広間には趣向を凝らした、重厚な織物が壁を飾っていた。窓際の壁に彫られた鳥や花、植物の群生は、枯れるということのない天上の花園のように美しかった。一日のある時刻にだけ差し込む日光が揺らぐと、優しい風の息吹を浴びたように、いっせいに,壁の中の、鳥が鳴き、花々が揺れた。
こうして、今、窓という窓、扉という扉が締められると、城ではなく、大きな石の塚に閉じ込められたようだった
薬草の香りの立ち込める薬草室は、二人の気に入りの場所だった。どちらかの姿が見えないとき、必ずこの部屋で見つけることが出来るのだった。
今もカケルは部屋の隅に隠しておいた香りのいい小枝を集めた壺を小さな箱の上に置き、食堂からとってきた木の実入りのパンと、真赤な林檎を二つ、ポケットから出した。
カルラが、乱暴に腰をおろした薬草の入った布袋から、細い綿毛が飛び散った。
「カルラ、腰を曲げるとまだ、ひどく痛むのか?」
「カケル何度も言うが、俺はどこも何んとないんだ。ただ、こんな風に腰が曲がってしまっただけだ。それが証拠にお前と同じ速さで歩くだろ?俺の歩く恰好を見るのがつらいのなら、見ないようにしろ。しんがいつもそうしているじゃないか?」
カルラはこの部屋に来ると、いつもそうなるように、少しふざけた明るい声で言った。
「しんさまのことだけど、きっとあの姫に会いに行ったのだろうね」
「さあ、俺にはしんの考えていることが今一つ判らないのさ」
カルラは小枝を一本、口に入れた。
「岩ばばが手はず通りに、その姫を連れてくればいいのだが。」
「あの、ばあさん、しっかりしておるようで、抜けているところがあるからなあ。」
「いや、肝心なところには手抜かりのない人だと思うよ。」
二人が顔を見合わせて、くすっと笑ったときだった。
カクッカクッカクカク
指を打ち鳴らす音がした。
「祭司長だ。俺たちを呼んでいるぞ。」
カルラは祭司長の、部厚い胴着から突き出た、細長い鳥のような指が立てる鋭い音に飛び上った。それほど、高い音でもないのに、祭司長の鳴らす指の音は、この広い城のどこに居ても必ず聞こえるのだ。カケルも後を追いながら、なぜこんな時間に呼び出されるのか?といぶかった。
「遅い、何をぐずぐずしておる。二人そろって、なんというざまだ」
お付きの祭祀が、慌てて飛び込んでくる二人に向かってわめいた。
「高い声を出すな。お前のそのど外れた音を聞くと、頭が痛くなる。」
祭司長のもの言いはおだやかだった。カケルとカルラは顔を見合わせた
祭司長がこんな優しい声を出すのは、冷たい怒りが心の中で煮えたぎっているからだ。
「城の扉はすべて閉じられた。今夜からこの城は雪に閉ざされてゆく。この城は翼あるものにしか見いだされることのない、白い墓場となるのだ。
容易ならぬことが起きたのだが、扉を再び開けるわけにはいかぬ。お前たちは、かっても今も使われたことのない、地下への道を降りて、この城を出てゆけ」
祭司長の声は、甘い蜜を含んで重くなった。
「探しておった姫が見つかった。あろうことか、地下の滝の側でな。。どうやら、岩ばばが見つけて売り込んできた娘とは違うようだ。」
祭司長の怒りの本はどうやら、そこにあるようだ。
「他の者ではらちがあかぬ。もう、辛抱の緒が切れそうだ。お前たちが行って、確かに連れて来い。」
祭司長の甘い声が毒のように苦く、二人の耳に注がれた。
(第五章B面終わる)

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