チベットの腕輪

 風葬に興味がある。「死者の書」にも興味がある。何故、あのような高い山に立派な宮殿があるのか?何故、毎朝、僧たちは精密な砂絵の曼荼羅世界を描くのか?描いては必ず消すのか?謎は尽きない。
パリでいつも通っていた中国茶の店で、「生命の起源」を描いたチベットの本を読みながら、ため息をついた。
「チベットに行きたいと思うのね」
「あら、行くのなら、早く、行ったほうがいいわよ。なにしろ、ラサの宮殿の下にはマクドナルドがあって、アメリカ人がうじゃうじゃいるのだからね」。
中国から、五千メートル級の高さを走る鉄道がチベットにつながり、友達が、早速それにのって、チベットに行ってきた。
「はい、御土産よ。」
オレンジ色や緑色の色石、ヤクの骨に細かく細工をしたものを糸でつないだ腕輪を目の前にポンと置いてくれた。
「何かお守りらしいわよ」
私は陽気な無邪気な世間話のような、賑やかな腕輪に惹きつけられた。古風な匂いのする生成り色のヤクの骨、それに彫られた謎めいた文様も魔除けのようで頼もしかった。お守りの力を必要としていた日々。細りゆく腕。
さしもの頑丈な糸も緩んで、十年ほどたった秋に、腕輪が消えてしまった。
「わが命運もここに尽きたり」と嘆き悲しむ私に、
「引き出しをかきまわしたら、そのとき、一緒に買った腕輪が出て来たわ。」と友達。
かくて、二代目のチベットの腕輪がここにある。
緑色の、なかには、微妙に変色した石もあり、曲玉みたいな、不揃いなこっくりした緑をつなげた古風な腕輪。
、夜、耳を凝らすと、山上の洞窟を吹き抜ける風の音が聞こえるような。緑の音のつながり。
チベットへ行きたい。緑の不揃いな玉の連なりは、ヒマラヤの山巓の連なり、神々の表情を隠しているようだ。

ホトトギスしきりに鳴きてその午後はナプキンに包む夕焼けの色
見てしまつた夢なれ静かなる林のごと牡鹿たちの夕焼けの宴
てのひらの白桃の重さ薄目したるをみなのやうに昏くありたり

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