夢の序列

 どこに隠していたのだろう?森にはあらゆる緑の色相が溢れている。詩人の色の表現能力を試しているような、からかうような、いかにも陽気な笑い声が聞こえてくるような。命を謳歌する五月の森の樹たち。
 一夜のうちに魔法がかかったのだろうか?
銀色に芽吹いていた雑木林が、紫の裳裾をそよがせた藤色の貴婦人たちに、占領されてしまった。低く語られる紫のゆかりの物語。
 黄昏ともなると、藤色のランタンを淡く灯して、それぞれの恋のゆくたてを語り始める。藤の花房の流れに丈をあわせて、あるいは長く、あるいは短く語りついでゆく。はじめもなく、おわりもないただもどかしさだけの切ない恋。細く長い花房は捩れて、ただため息だけが闇に紛れ込む。小さく短い花房は、それが本当に恋だったのか、気が付かないうちに終わってしまったと俯く。やがて、遠くにカエルの鳴き声がする。藤の花たちは急にすまし顔で冷たく黙り込む。
「意地悪な誰かが聞いているかもしれない。身の上話はここまでよ。」
 あの紫の花の濃淡には、花という形象から少しずれて、異界へと漂っていく魂のようにも、精神のようにも見える。
   春の景色は淋しい。

優位とはかくのごとく匂ふ紫の闇くだりなむとす たそがれの藤
柔らかき微量の雨にぞ溶けてゆく悲哀と思へりこの春の藤
むらさきの房うすれゆく夢の序列 遠ざかるもののみ香れり

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