砂師の娘(第一章B面燃える小屋)

「師匠、私に一番先に「試し」を受けさせてほしいよ。」
ゆうはもう一度、念をおすように、しっかりと言った。
その時、音もたてずに、部屋に入ってきたしんさまが、ゆうの顔を珍しそうに見つめた。
「瀧で見つかったという子供だな。よし、一番先に、「試し」を受けさせよう。ところで、さっき、誰やらが、女がどうの、こうのと言っておったな、、」
「うっ、」
肉をのどに詰まらせて、つぐみがうつむいた。
真赤になったつぐみの顔を、笑いながら見て、それでも声はきびしく、しんさまは言った。
「お前たち、判っておるだろうが、砂師の世界では、指よりも目、目よりも耳、耳よりも心だぞ。風や光りの動きが感じられるように描くことが肝心だ。それには女だとか、グズだとかは関係ないのだよ。二度とそのようなつまらぬことを言うなよ。」
ゆうは自分のことをかばってくれていることにも、気付かない様子で、しきりになにか、考え込みながら、もう、二杯目の飯を食べていた、
 しんさまの話が終わらぬうちに、屋根にドスンと、重い物の落ちる音がして、壁がゆれた。ドーンと屋根を突き破って、大きな岩が部屋に転がりこんできた。その後から、激しく大小の岩のかけらが混じった土砂が流れ込んできた。
「崖くずれか?前壁がくずれたか?」
慌てて立ち上がったものは、転がり込んだ岩の尖った角にあたったり、思わずふんずけたりして、鋭い痛みに呻いた。
土砂の勢いに、しりもちをついた者は、流れこんだ土砂をかぶり、目も口も砂でつまりそうになった。
みんなは訳も判らないままに、悲鳴を上げた。目の前の闇がぐらぐらと揺れ、聞き慣れない鋭い音を立てて、きしんだ。
ゆうは横殴りの平手うちをくらったように、床に倒れたが、そのまま、はって横の廊下に逃げ込んだ。
「おお、いてえ、一体何が起きたんだ?」
壊れた屋根の隙間から、パチパチと枯れ枝の弾けて燃える音がして、赤い炎が乗った煙が入り込んでくる。
「わあっ 火だ。火事だあっ。誰かが火をつけたぞ。逃げろ」
「みんな、落ち着け。さあ、ゆっくりと、身体を低くして、わしの方へ来い。今、慌ててはいかん。わしの側に来い。この家を襲ってきたものがいるようだ。」
師匠の落ち着いた声がした。土煙の匂いのする部屋のなかで、いつのまにか、師匠の手には細いたいまつが握られていた。
「襲ってきた?物取りか?さては、金や宝石が目当てか?」
 冬を迎えるここ一か月あまり、砂師の納屋には、谷からすくいあげたおびただしい金や宝石が積まれている。それを目当てに命知らずの強盗がやってくることがあると聞かされていた。
師匠の言葉が頭に入ると、みんなは震えはじめた。おどろいて泣き出す少年もいた。
「いっぺえ、ゆうは大丈夫か?」
「大丈夫だ。おい、ゆう、だいじょうぶだよな。あれっ?」
いっぺえは大声を出した。
「師匠、ゆうがいない。消えた。」
いっぺえはとっさにゆうの身体にかぶせておいた厚い布を持ち上げて叫んだ。そこにいるはずのゆうの身体が消えているのだ。
又もや、ばらばらと大小の岩が落ちてきた。それに混じって火の粉が降りかかってくる。
「よし、判った。ゆうはわしが見つけよう。だが、今はあいつ一人に構ってはおられない。いっぺえはみんなを連れて、下の河原に降りて行け。作業小屋に隠れていろ。いいか、必ずみんなでかたまって行くのだぞ。もしも、途中ではぐれたら。小屋をめざせ。しんさま、よろしく頼みましたぞ。」
「判りました。それでは一足お先に。お前たち、歩けるか?具合の悪いものは、お互いに助け合うのだ。」
土埃よけに、袖をちぎって、手早く顔に巻き付けたしんの姿は、揺れるたいまつに照らされて、忍者のようだった。
その落ち着いた態度に、少年たちは、気を取り直した。互いにまわりの者をかばい合い、立ち上がらせていった。

ゆうの山猫

「やや、や、や、。おいで。ここへ出ておいで。」
ゆうは低い声で山猫を呼んだ。
転がり込んだ岩でつぶれた物置の隙間に、顔を寄せると、小さな声で呼びかけた。柔らかいしっぽが手に触った。
「みやーご」
強い爪が伸びて、ゆうは思い切り、顔をひっかかれた。
「いてて、やや、あたしだよ。痛いじゃないか。」
、ゆうは噴き出した血が、生暖かくほほの上を流れるのも構わずに、手探りに山猫の身体を掴んだ。
「にゃーご。」
岩の転がる激しい音と火に、気を立てた山猫は、なおもゆうの顔に爪を立てようとした。
「やや、おいで。どうやら、あたしは見つかったようだ。ここにはもうおられないよ。」
ゆうの胸に強く抱きしめられても、もがいていた猫は、ゆうの悲し気な声を聞いて、急に大人しくなった。
ゆうはいつでも逃げ出されるように、まとめておいた荷物を背負った。
(あたしは追われている。逃げねばならない。)
忘れていた記憶が突然にゆうによみがえったのだ。
(やはり、この三日前からの絵は、今夜のことの知らせだったのだろうか?とにかく、ここを出て、どこか遠くへ逃げなければいけない。)
ゆうはくちびるをかみしめると、この三日前から、消しても消しても、指先が描き出す砂絵のことを、思い出していた。
 煙りを出して燃える砂師の家、夜空に浮かんだ真赤な目。
(あれは此のことの知らせ)だったのか?」
(第一章B面終わる)

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