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『自販機前にて(前半)』 《怪談キキかじり①》 


まえがき

初回にお送りするのは最恐戦の応募動画で話したお話。
実はこのお話、応募動画では全体の半分までしか語っていないのです!
その続きも含めた完全版は『BeːinG』の《怪談キキかじり》コーナーにて掲載予定です。
ということで、『BeːinG』の試し読みも兼ねて、応募動画で話した半分までの内容をnoteにて先行公開させて頂く事になりました。
この文章を『BeːinG』用に先に書いていたので、その内容を3分に削りに削ったのはなかなか得難い経験でした・・・・・
削ったディティールも楽しんで頂ければ幸いです。



『自販機前にて(前半)』 《怪談キキかじり①》    

 なんとなく怖い感じのする村だったんですよね、と、
私の髪にシャキシャキと鋏を通しながら、美容師のMさんは呟いた。

 その村は地方都市に住む彼から見てもどのつく田舎だったという。
コンビニもなく、自動販売機すら二台しかない。街灯も思い出したようにポツポツとしかないために夜には村全体が漆黒に包まれてしまう。若者が過ごすにはいささか不便に思われるようなその村に、それでも彼はよく出かけたという。大親友のAが住んでいたからだった。

 美容師として就職する少し前。学校や実家の美容院の手伝いなどで日中は目まぐるしく、Aの家に向かうのは決まって十二時も過ぎようという深夜であった。
 静まり返った真っ黒な村は毎晩通っても恐ろしげで、はやく着かないかとついアクセルを踏む足に力がこもる。だが、そんな風に気が急いていても、彼は必ず、少し遠回りの道を選ぶようにしていた。
「絶対に通りたくない場所」があったからだった。

「村自体が曰く付きっていうか、とにかく変な事がよく起こる村だったんですけど。中でも、一番やばいところがあって。」

 それは小さな氏神だった。
 いつからかポツポツと霊を見たという話が語られ始め、村人が口々に噂する曰く付きのスポットとなったという。霊道でも通っているのか、そこで目撃される霊の姿は老若男女様々で、それがまた予測と回避を難しくさせて一層恐れられていた。

 その怪異は境内だけにとどまらず周辺にも及び、中でも目撃談が多かったのが、細い車道を挟んで立つ自動販売機の前であった。なお前述の通り、「村に二台しかない自販機」の、そのうちの一つである。ただでさえ数少ない自販機が幽霊の集会所になってしまうなんて、村民も哀れとしか言いようがない。

 実際、村に住む友人のAも、深夜どうしても喉の乾きに耐えられず、炭酸を求めてそこに向かった事があったという。だが、その自販機の前に無言で神社を指差し続けるスーツ姿の男が居るのを見て、泣く泣くとんぼ返りしたらしい。そんな話が私も俺もと語られるものだから、村民もそこを通るMさんのような村外の人間さえ、極力夜にそこを通るのを避けるようになっていたのだった。

 だから、遠くからその自販機の前に人影を認めた時、Mさんは大変に動揺したのだ。


 その日も、いつもの道をいつも通りの真夜中に走っていたつもりだったのだが、ぼんやりしていたのか道を誤っていたらしい。

「車のライトでようやく道が見えるって位の真っ暗闇なんですよ。その闇の中、遠ーくに、ボワッと自販機の周りだけが光って、浮かび上がってみえるんです。」

 まずい、道を間違ってしまった、とMさんが気付くと同時に、その光の円の中で影が揺れた。誰か居るらしい。
 背筋がひんやりと冷たくなっていく。村の人間はこんな真夜中に絶対にここには近寄らない。

 ならば、そこに居るのは何だ? 

 ブレーキを踏んでのろのろと減速しながら、引き返すべきか通り過ぎるべきかを逡巡する。ゆっくりと、だが確実に人影は近づいている。と、そこでMさんはある事に気付いた。

「人影が妙に小柄で、あれ、ひょっとして子供なのかな?って。気付いたら、怖いけど気になって仕方なくなっちゃって。」

 優しい青年である。以前、終電に乗り遅れてかなりの距離を歩いて帰った事があったらしい。その時に横を過ぎていく車を見ては、自分が免許を取った時には困っている人を乗せようと心に決めたのだそうだ。筆者ならばUターン一択だが、そんな彼の義侠心がわずかばかり恐怖心を上回った。声をかけてみよう。

 意を決して、自販機の前にゆっくりと車を寄せると、そこにいたのは十歳くらいの坊主頭の少年だった。
 無表情でじぃっと神社の方を見つめている。全てが抜け落ちたような異様な顔つきに気味の悪さを覚えつつ、一方で、障害を持っていたり、家庭の事情が複雑な子なのではと心配になってくる。
 助手席側の窓を開け、「どうしたの」と問いかけると、一拍の沈黙。
 そして、神社を一心に見つめていた少年の首が、ぐりんっ…とこちらを向いた。真っ黒な瞳がMさんを真っ直ぐに捉える。

「目が合った瞬間、これはまずい、と思いました。」

 少年はぎこちなく左右に体全体を揺らしながら一歩また一歩とゆっくり近づいてくる。振動に合わせて、首の座っていない赤子のように首ががくんがくんと左右に揺れている。

「最初は病気か何かでこんな歩き方になってしまうのかな、とも思ったんです。けど、だんだん距離が近づいていくにつれて、鳥肌が立って、逃げなきゃしか考えられなくなって…」

 少年がまさに車に近づこうというその瞬間、パンッと弾けるように頭が真っ白になって、彼はアクセルを思い切り踏み込んでいた。初速二十キロの彼の愛車はあっという間にその場を離れる。一瞬後に冷静さを取り戻した彼は車を走らせながら大慌てでバックミラーを見あげた。

「やってしまった、怪我でもさせてたらどうしようって確認しようと思ったんです…そしたら、あの子が車のすぐ後ろに居るんです。」

 当然ながら、成人男性でもアクセル全開で走り出した車に追いつくことは難しい。ましてや十歳の少年には到底不可能である。
 にも関わらず、あの少年は、バックミラー越しにあの無表情で真っ黒な瞳でこちらを覗き込みながら、今も追いかけてきている。

ああ、人間じゃない。

 パニックになったMさんは、夢中で車を飛ばして少年を振り切り、這々の体で自宅に逃げ帰ったのだった。

         *    *    *

 その夜以降、Mさんはあまりの恐怖にしばらく家から出られなくなってしまう。少年の顔が焼きついて離れず、常に怯えて、食事も喉を通らず、寝ることもできない。代わる代わる家にやってきて世話を焼いてくれる数人の友人達に付き添ってもらわなければ、トイレにもお風呂にも行くこともままならないような有様だったという。

 日に日に衰弱していく中で、あの夜のことは自分の恐怖心が見せた幻だったんじゃないか、そんなふうに思いたくなったMさんは、縋る思いである所に電話をかけた。例の神社に設置されていた監視カメラの管理会社である。

「すみません、●月●日の1時ごろの映像を見せてもらうことってできないでしょうか。」

 Mさんは、実は、と事の経緯を極力心霊体験としてではなく、客観的に説明したそうだ。恥ずかしながら気が動転していて逃げ帰ってしまったが、もし小さな男の子に怪我をさせていたり、そうでなくても驚かせてしまっていたらと気になって仕方がない。どうかお願いできないか、と平身低頭頼み込んだという。
 だが、返ってきたのは、「ああー…あそこねー」という、なんだか呆れたような含みを帯びた妙な返事だった。そして、

「見ない方がいいですよ」

ひどく温度のない声が言った。訳が分からず、問い返そうとするMさんの気勢をくじくように電話口の担当者が続けた。

「あなた、その日にあの自販機前で男の子に会ったって言ってますけどね。いざ実際ね、その映像を見てみると、そもそもその時間にあなたの車自体がそこを通ってなかったりとか、車の外にいたはずのモノが車の中に乗ってたりとか…まあ、そういう変な映像が撮れてたりすることが、よくあるんですよ、ここは。だから、」

「見ない方がいいと思いますよ」

そう言われて、Mさんはそれ以上何も言えず、電話を切ったのだそうだ。


         *    *    *


あとがき

この後、Mさんお祓いにいったり、再び怪異が訪れたりとまだまだ色々起こるのですが、続きは『BeːinG』にて!

サムネが激渋の表情ですが、応募動画も貼っておきます(笑)
良ければ聴き比べて見てください!

この村や神社の成り立ちが気になるので、引き続き調査中です。
Mさんから聞いた村の怖い話もまだありますので、それもまたいずれ…


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