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リストカット少女が幸せを取り戻すまで 〜中学生時代 ③〜

前回の事件をきっかけに
父は家にいることが少し増えました。
母が危険なことをしないようにと。

ただ2人が一緒にいると
喧嘩は耐えませんでした。

『離婚してくれ』という父に
母はすがりついていました💧

離婚してもうすぐ20年経つ今でも
母は父が子供達より大好きですし、
あわよくば、よりを戻したいと言っています😔

実家に電話されたくないのか、
喧嘩のすえ、電話線を引きちぎったり。。。
両親の怒鳴り声もたえず、

もちろんですが、
家事なんてできるわけもなく。

あいかわらず部屋はゴミだらけ、
台所はカビのはえた食器があり、
洗濯物は山積みでした。

そして母はお酒と市販の薬を飲み
そうすれば父は心配してくれて
出ていかないとわかったのか
自殺未遂のようなことを繰り返していました。

ある日
深夜にいつもの通り
両親の言い合いが聞こえた後
食器が割れる音が聞こえました。

しかも一度や二度ではなく、
パリーン、、、パリーン、、、パリーン
と一定のリズムで。

怖くて布団をかぶって耳を塞ぐと
父が寝室にきて
『ごめんな。おばあちゃんの所いこうな。』
といい兄弟をみんな起こしました。

パジャマのままで何も持たず
外に出る時に台所に立つ母の姿が見えました。

ネジが外れてしまったのか
一つづつシンクの中に
食器を叩きつけて割っていました。

そして、家を出ようとしてる私達を見て
我に帰ったのか
「どこいくの?ごめんなさい。」
と母は追いかけてきました。

私は母が恐ろしくて仕方ありませんでした。

急いで車に乗り込み発進しようとしましたが
車の前に母は立ちはだかり
「ごめんね。もう怖い思いさせないから
いかないで。ごめんなさい。」
と言っていました。

父はクラクションを鳴らし
『どけ!』と叫んで車を小刻みに
発進させようとしたらようやく観念して
母は道をあけてくれました。

ずっと恐怖でした。
そこから父と母の別居がはじまりました。

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