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ザ•ストリー•エイント•オーバー。
駅を降りたら風が少し強い夜だった。
日が暮れてしばらくして、でも暑さが消えない夜の鬱陶しさがあった。
湿度と温度のある風が身体にまとわりつく。
重く切ない匂いのする風だ。
昼は暖かく、もう夏のようだとも言われている。
今日は、社会人には休日だ。
日本は不景気だけれど、みな騒がしく飲んでいる。
そんな中、騒がしく飲める権利がない奴もいる。
そんな混み合った、いつもの居酒屋に入る。
隅っこの狭い座席に潜り込む。
みんな既に出来上がり、盛り上がっていた。
僕だけひとり、場違いな所に来てしまったような気がする。
誰からも歓迎されていない気がする。
それは、多分事実なんだけど。
席につき、いつもの注文をする。
店は忙しく、なかなか注文は来ない。
すれ違う女性から香水の匂いがする。
白い太ももを揺らして歩く女性。
男たちのガヤついた会話が後ろで響く。
向こうの席の笑い声と拍手が止まらない。
でもそれは、一つも僕に向けられたものではない。
早く酔いたい。
早く紛らわせたい。
早く誤魔化したい。
早く、早く、、。
もし悪魔が隣に来たとして。
何を生き急いでいるのかと問われたら、何も答えられない。
何を求め彷徨っているのかと問われても、何も答えられない。
何も答えは出ない。
正解はない、信念もない。
そして進むべき道標もない。
色々あるにせよ、強い欲望を持つほど絶望的な立場じゃない。
普通に生きてきて、ある程度残念で、ある程度満たされない思いがある。
それは自分自身の責任なのか。
ただ一つは自分自身なのさ、ふいに悪魔は囁いてくる。
やりたい事をやるべきさ、ふいに悪魔は囁いてくる。
だがその答えすらも見つからない。
やりたい事がない奴はダメなのか。
思考し模索するが、やるせない時間だけが流れる。
酔いにまかせ、考えを放棄する。
いつも、これまでもそうであった。
何かがしたいわけじゃない。
でもどうにかしたいんだと、もがく日々。
戦う理由が見つからない。
戦うほどに若くない。
戦うほどに強くない。
戦う為の武器もない。
戦う事に価値がない。
そしてもう、一人では戦えない。。。
愛ある限り戦いましょう。
命燃え尽きるまで。
美少女仮面ポワトリン!
日曜の朝、そんなテレビを観ていた。
あの頃は平凡で安全で幸せだった。
そこまでの愛も、知る事もなく手遅れになってしまったよ。
どうしちまったんだ。
あの頃を思うたび、少年時代を思い返す。
彼らは、みんな今元気なのか。
同じように、もがいているのか。
抗って、戦っているのか。
逃げて、誤魔化しているのか。
そうだとしても、どうだとしても。
過酷なゲームは続いていく。
暗黒のレースは続いていく。
勝ちも負けもなく。
先も果てもなく。
でもみんなそうやって生きていくんだ。
何かしらの理由をつけて。
納得するか、見ないことにするか。
其々の物語はこれからも続いていく。
そんなふうに、物語は終わらない。
それは一見素敵なことにも映る。
他人からは、ドラマティックにも見える。
でも全然違うんだ。
終わらないんじゃない。
終われないだけなんだ。
全ての富が得られないのと同じように。
何処かで妥協して。
何処かで落ちぶれて。
何処かで人は、相応の居場所を見つける。
それは満足するものじゃないかも知れない。
でも人はそれでも、何かしらの理由をつける。
折り合いをつける。
でも僕はそこまで自分に納得できていない。
何もなし得ていない。
それがつらい。
こんな時、悪魔は冷淡だ。
何も助けてくれない。
助言はない。
苦い世界が口の中に広がる。
飲み込むのが難しい。
膨らみ過ぎて吐き出す事もできない。
ベタベタの足で遠くから近づいてくる。
悪魔の顔は汚くて、漂う匂いはひどく臭い。
それはどこか自分に似ていた。
目の前でヤツの背中が割れて羽が現れた。
黒と茶色の混じった汚い色の羽が現れた。
お前が汚いから、オレの羽が汚いんだよ。
そう罵られた。
でも反論できない。
そんなの随分前から分かっている。
何処に行くんだ。
そう尋ねた。
こんな汚くて心許ない羽じゃ、何処にも行けないだろ。
そう言われて、罪の意識を抱いた。
悪魔にすら、申し訳ない事をしてしまった。
それは、七夕だった。
店にはお客の書いた短冊がずらりと並ぶ。
後から来た客が、店員に短冊とペンを渡されていた。
俺はやはり、扱いにくい客なのだろう。
悲しみと諦めと、申し訳なさ。
「身長がもう少し伸びますように」
40過ぎてそんな事を書く、そんなボケを用意していたというのに。
短冊すら渡されず。
願いは届かず。
ほろ酔いで揺れる短冊を眺めていた。
俺の願いは叶った事がない。
いつしか、願う事はやめてしまった。
祈らずとも叶う小規模な事しか望まなくなった。
小規模な望みは、小規模な喜びしか生まない。
だけどそんな今を噛み締めて感謝する。
それでも、物語は続いていく。
そうやって人は生きていく。
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