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途中下車の日々。

会社を辞める5年くらい前のこと。
その日は朝から身体が辛くて平日に休んでしまった。
昨晩から少し体調不良だったのだが、不思議なことに休む連絡をしたらすぐに熱は下がっていた。
そして急にみなぎる力と元気に驚く我が身。
(これ、あるあるな気がしますがどうでしょう)
朝9時にはもう元気で、それは仮病みたいで、何故か一抹の罪悪感があった。
おそらく世の人々は、これを仮病と呼ぶのだろう。

僕は形だけ、アリバイとしての病院からの帰り、その街を少しぶらついていた。
銀行に用があったので、丁度よかったと思った。
その後に服を見たりなんかした。
だけど何か満たされない。
何も満たされない。
街行く人は、みんなそんな感じに映っていた。
お馴染みの無表情の、同じ顔だ。
曇った昼下がりの街を支配するのは、いつも過去の栄光に縋るゾンビたちだった。

そして僕は、安いラーメン屋に入った。
本当はラーメンなんて食べたいわけじゃないのだ。
腹だって別に減ってるわけでもなく、食は進まず麺だけが伸びていった。
、、、あの彼は仕事のサボリだろうか。
スーツを着た営業のようだが、もうずっと店に入り浸っている。
、、、あの男女は不倫だろうか。
いい年して仲が良すぎる男女を見るたびいつも勘繰ってしまう。
、、、あの人は仕事してるのだろうか。
変なジャージ姿のおじさんが昼からラーメンをつまみに酒を飲んでいた。

以前、精神的な体調不良だったときのことだ。
仕事を長いこと休んでいるときに、昼飯がてら酒を飲んでいたことがあった。
当時僕は、家から遠く離れた街の病院に通っていた。
その頃の僕は、髭が伸び放題で自分を卑下し放題だった。
不安な気持ちが朝から寝るまでずうっとあった。
朝起きた瞬間からずうっとだった。
感情があまり発揮出来なくて、でも不安だけが脳の表面にぺっとりくっ付いたような毎日だった。
昼に病院帰りでブラブラしていると、いたたまれない気持ちになった。
今はみんな仕事をしている時間だ。
このまま自分はどうなるのだろう。
平日に呼び出せる人も、相手をしてくれる人も居なかった。

その病院から少し路地に入ると隠れ家のように、14時頃から開いているボロい飲み屋があった。
営業努力が皆無な、ただただ存在している店。
その時間に居る客層は、僕にぴったりだった。
そこは、人生にくたびれている人たちの溜まり場だった。
そこで僕は、少し年上の太った男性をよく見かけた。
彼は毎回同じ服で、やる気なくうすら汚い雰囲気をまとっていた。
僕は彼と仲良くなれたらいいなと思った。
互いの世に対する不安や不満を、酒と共に語り紛らわしたかった。
そんな思いと裏腹に、彼とは最後まで挨拶すら交わすことはなかった。

語ることがないひとり酒は、酔いだけが勝手に進んでいく。
4、5杯目くらいから、ああ自分は全く何をやっているのだという、後悔と嫌悪の念が沸き起こってくるのだ。
ここで立ち止まるにしても、あそこを辞めるにしても、どこか進むにしても。
何に対しても大した興味が抱けないのだよな、と考えていた。
僕は青春とも壮年ともなく、どこにも属せない中途半端な立場と心境に居た。
そしてそれをモラトリアムと呼ぶには、もうだいぶ遅すぎるのも分かっていた。
いずれにしても、近いうちに何か結論は出さねばならなかった。
今の状況と、自分の思っていた未来とがかけ離れていた。

体調不良。
同棲生活の破綻。
一切連絡のない職場の先輩後輩友人たち。
宗教勧誘のために飯に誘ってくる上司。
何処にも本音を語る場所が無かった。
でも悲しさも無かった。
感情が無かった。
ただ金だけが減っていった。
病院の診察料。
交通費。
効いているとは思えない薬代。
家賃。
公共料金。
食費。
ローン。

傷病手当だけじゃ全く賄えなかった。
そして貯金残高が減ると、逆算するようになる。
この生活ができるのもあと何ヶ月かと。
とりあえず動く必要がある。
それは、現実問題として、一番大きな問題だった。
体調が悪い、それは自分でも知っている。
でも、金が無くなるってのはそれとは関係無く進んでいく。
どんどん迫り来る現実のリミット。
いつしか、それだけが僕を支配するようになっていた。

辛かったねかわいそう。
鬱か、マジか、大変だね。
それは神様がくれたお休みなんだよ。
無責任に発言する人たちのそれは、確かにそうかもしれない。
でもそれとは別に、リアルなリミットはどんどん近づいてくる。
保険を解約した。
要らない物を売却した。
親に無心をしようか。
バイトをしようか。
どうする、どうする、、、。
いつの間にか自分の心境に、金を稼ぐためにどうにか動こうというアクティブさが現れだしていた。

僕は、ただ恥ずかしかったのかもしれない。
職場で期待に反して上手く対処できず、プレッシャーに潰された。
仕事とプライベート、抱く理想と現実のギャップ。
それらストレスで僕は体調不良になったのだと思う。
そんな自分を正当化するためには、しばらく休むことが必要だったのではなかろうか。

会社に対するアピールだ。
彼女に対するアピールだ。
世間に対するアピールだ。
自分に対するアピールだ。

そして今度は、復帰するにも何か正当化しなきゃならなかった。
本当はまだチョットだめなんだけどもさ。
お金も無いし取りあえずは仕方ないしね、と。
苦笑して、心配されながら、ちょっと気弱な自分を演じて。
ああ、俺は本当にダサいなぁ。
でもそのダサさこそが、自分の本当のスペックだったんだろう。
それを見ないで生きてきた。
フィジカルもメンタルも弱いダサ坊が、もう一人の自分だったのだ。
そんな相棒と共にやってくのがこれからなんだと自覚した。

そうさ、もうヤツからは逃げられない。
恥をかきつつ、共に荒野を歩いていくぜ。
世の理想のルートからはもう外れた。
乗っていた列車はもう過ぎ去ってしまった。
それは失敗なのか、落伍なのか、終わりなのか。
走り去った列車は先に消え、僕は線路をひとり歩く。
それは恥なのか、失望なのか、危機なのか。

でも見れば周りには、歩いている人もちらほら見えてくるのだ。
俺はルートを外れ、俺のルールはもう変わった。
歩くのがしんどければ休憩したり、甘えてただ乗りすればいいことを学んだ。
もしかしたら別の列車もあるだろう。
そして意外と歩くのも楽しい。
だからしばらく歩こう。
いつの日か、歩くことでしか解らなかった道を見つけるのだと期待しながら。

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